或教授の退職の辞
西田幾多郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)皓々《こうこう》と

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)豪放|不羈《ふき》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#ここから10字下げ]
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これは楽友館の給仕が話したのを誰かが書いたものらしい、
而もそれは大分以前のことであろう。
[#ここで字下げ終わり]

 初夏の或晩、楽友館の広間に、皓々《こうこう》と電燈がかがやいて、多くの人々が集った。この頃よくある停年教授の慰労会が催されるのらしい。もう暑苦しいといってよい頃であったが、それでも開け放された窓のカーテンが風を孕《はら》んで、涼しげにも見えた。久しぶりにて遇った人もあるらしい。一団の人々がここかしこに卓を囲んで何だか話し合っていた。やがて宴が始まってデザート・コースに入るや、停年教授の前に坐っていた一教授が立って、明晰なる口調で慰労の辞を述べた。停年教授はと見ていると、彼は見掛によらぬ羞《はに》かみやと見えて、立つて何だか謝辞らしいことを述べたが、口籠ってよく分ら
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