と共に※[#「※」は「てへん+堂」、読みは「どう」、38−下5]と横様に倒れて仕舞った、今まで泰然自若として虎と睨み合っていた松谷秀子も是には痛く驚いたと見え、声を立てて打ち叫んだ、何でも「アレ丸部様」と云った様で有った、併し其の声と殆ど同時に虎は早や余の上へ傘の様に被さって来た、余は殺されても仕方がないと断念めては居る者の、何の抵抗もせずに阿容《おめ》々々と食われて仕舞うは否だ、叶わぬ迄も力の限りを盡して雌雄を決して見ねば成らぬ、ナンの虎ぐらいがと跳ね返して飛び起きようとしたが、早や虎の蒸苦しい様な臭気がプーンと鼻に入り、爾して其の熱い息が湯気の様に顔に掛かる、余は是だけで既に気が遠くなり雌雄を決するなどは扨て置いて此のまま命が盡きると思った、動物園などで虎を見た人は爾まで臭いものとは思うまいが、実際虎に組み伏せられて見ると実に驚く、何うせ命がけの場合だから、痛いことや恐ろしい事は何とも思わぬけれど、臭い許りは如何とも仕方が無い、殆ど目へ浸みるかと思われる程で呼吸さえもする事が出来ぬ、余は悶いても駄目だと悟った、若し此の臭気さえなくば虎の目へ指を突っ込んでなりとも一時の勝を制する工風
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