お浦が持ち去ったので茲にはない、何にしても秀子の身の上が気遣われるから余は詮方なく階段を上り、丁度お浦が瞰《のぞ》いた通りに、銃器室の窓から其の中を窺《のぞ》いて見た、読者諸君よ、此の時の余の驚きは、仲々「驚き」など云う人間の言葉で盡され可き訳な者でない、毛髪悉く逆立った、其のまま身体が化石するかと疑った、何うだろう銃器室の一方に大きな虎が居て、今や怪美人に飛び附こうと前足を短くして狙って居るのだ、分った、お浦は此の室に虎が紛れ込んで居るのを見て松谷秀子を此の室へ誘き入れたのだ。
第十四回 虎は早や余の上へ
余は何れほど驚いたかは、読者自ら此の時の余の地位に成り代わって考えれば分るだろう、此の時の驚きは到底筆や口に盡す事は出来ぬ。読者銘々の想像に任せるより外はない。
真に咄嗟の間では有るけれど余が心は四方八方に駈け廻った、第一お浦の邪慳なのに驚いた、如何に腹が立ったにもせよ人を虎穴も同様な所へ欺き入れ、爾して外から錠を卸して立ち去るとは何事だろう、余はお浦を斯くまでも邪慳な女とは思わなんだが実に愛想が盡きて仕舞った。今まで仮初《かりそめ》にも許嫁と云う約束を以て同じ屋根の下に暮
前へ
次へ
全534ページ中66ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
黒岩 涙香 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング