だ、何でも濠洲へ出稼ぎして居る自分の弟が死んで遺身《かたみ》として大金を送って来たと云う事で、其の金を以て主人の屋敷を買い取り、此の塔の時計室の直下《すぐした》に在る座敷を自分の居間にして、其の中で寝て居たが、或る夜自分の養女に殺されて仕舞った、夫《それ》は今より僅かに六年前の事で、其の時から今まで此の屋敷はガラ空になって居るが、其の老女の亡魂も矢張り幽霊に成って其の殺された室へ今以て現れると云う事だ、其の室は丁度余が立って居る所の頭の上だ、斯う思うと何だか頭の上を幽霊が歩いて居る様な気もする。
 爾して其の殺した方の養女と云うは直ぐに捕まり裁判に附せられたが、丁度余の叔父が検事をして居る頃で、叔父は我が為に本家とも云う可き同姓の元の住家へ又も不吉な椿事を起させた奴と睨み、多少は感情に動かされたが、厳重に死刑論を唱えて目的を達した。勿論其の女は決して自分が殺したので無いと甚《ひど》く言い張ったけれども何よりの証拠は左の手先の肉を、骨へまで死人に噛み取られて居て、死人の口に在る肉片と其の手の傷と同じ者で有った上幾多の似寄った証拠が有った為言い開きは立たず、死刑とは極ったが唯|丁年《ていね
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