る、顎の笑靨は頬の笑靨より尚《とうと》いと或る詩人が云ってあるけれど、秀子の頬の笑靨は決して夏子の顎の笑靨に見劣りはせぬ、夏子は若く水々して愛らしく、秀子は洗って研ぎ出した様に垢|脱《ぬ》けがして美しい、生際は夏子の方が優って居るが口許は確かに秀子に及ばぬ、勿論両人全く別人の人である、けれど能く見て居れば似寄った所が有る、初見には全くの別人で見るに従い似寄った所が多くなり或いは姉妹でも有ろうかと思われる程にも見える。
先生は秀子の顔形の箱から又髪の毛を取り出して卓子の上に並べ「御覧なさい。双方の髪の毛が此の通り違って居ます、夏子のは緑が勝って色が重く、秀子のは黄が勝って色が軽いけれど、其の艶は一つです、毛筋の大小も優《しなや》かさも、少しも異った所はなく、若し目を閉じて撫でて見れば誰でも同じ髪毛としか思いません」
と云いつつ自ら目を閉じて双方の髪毛を撫で較べて居る、余は胸に何とも譬え様のない感が迫って来て殆ど涙の出る様な気持になった。「けれど先生」とて争い掛けたけれど後の言葉は咽喉より出ぬ。
先生は静かに腰を卸し「詳しく言いますから先ずお聞き成さい、全体私は脳の働きが推理的に発達
前へ
次へ
全534ページ中338ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
黒岩 涙香 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング