しいのだ。
 此の時は既に夜明けで、夫から歩んで停車場へ着いたのが丁度一番汽車の出る時であった。直ぐに乗って午後の二時頃に幽霊塔へ帰り着いた、玄関へ歩み入ると番人が異様な顔して「秀子様も旦那様も貴方の行く先の分らぬのを大層御心配でした」と云う。其の言葉には語句の外に尋常《ただ》ならぬ所が見える、若しや余の留守に何か又忌わしい事件でも起こったのかと余は毎《いつ》になく胸騒ぎを覚え、唯「爾か」と答え捨てゝ後は聞かずに秀子の室へ馳せて入った。
 何事にも用心の行き届く日頃に似ず、室の戸も開け放して有る、中に入れば隅の方の傾斜椅子に、秀子は身を仰向けて倚り掛り、天井を眺めて、散し髪を椅子から背後へ垂らし、そうして両手を頭の上へ載せて組んで居る。実に絶望とも何ともいい様の無い有様である。殆んど余の来た事さえ気が附かぬ程に見えるから、余「秀子さん何う成さった」秀子は驚いた様に飛び起きて「オオ好う早く帰って下さった」と云い其のまま余の胸へ縋り附いた。不断は仲々此の様な事をせず、恐れでも悲しみでも又は嬉しさでも総て自分の胸へ畳み、最と静かに、何気なく構えて居る質だのに、今に限り斯うまでするは能く能くの
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