たとて其の甲斐はない。最早落胆せざらんと欲するも得ずだ。其のうちに愈々夜に入った、万感|交々《こもごも》胸に迫るとは此の様な場合を云うだろうか。勿論腹は益々空く一方だが、寒さも追々に強く感ずる、何しろ腹に応えがなくては寒さを凌ぐ力もないと見える。最う煖炉を焚かずには居られぬ、丈夫な余さえも此の通りだから彼の白痴は猶更耐え難いだろうと思い、再び煖炉を焚き附けて次の室へ行き、残り少ない燐燧を奢って見廻すと白痴は居ぬ、扨は何所か出て行く所があるだろうかと二本目の燐燧を擦った。心細い事には最う後に三本しか残って居ぬ。
第六十一回 余の身代り
何処に出口が有って彼の白痴は居なく成ったか。二度目の燐燧《まっち》で照らし見ると、居なくなったのではなく、余の寝た寝台の上に寝て居るのだ、此の様な境遇を爾まで辛くも思わぬ、其の眠りの安々と心地好げに見ゆることは、ホンに羨ましいと云っても宜い。余は寧っそ白痴に生まれたなら、苦痛を苦痛とも感ぜぬだけ却って仕合せで有ったかも知れぬが、今更それ愚痴に過ぎない。
斯う旨々と眠て居る者を、起すのも罪だから其のまま余は煖炉の前にかえり燃える火を眺めて居たが、余ほ
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