茲辺だと思う所で壁を探った。潜戸は有るには有るが堅く締って居て、動かざること巌の如しだ。最早|燐燧《まっち》を擦って検める外はない、茲で燐燧を擦るとは随分危険な事で、若しや犬でも婆でも医学士でも廊下へ出て来たらお仕まいだ。余は胸がドキドキする、是を思うと余は迚も盗坊などに成れる性質でない、最愛《いとお》しの秀子が為なればこそ斯様な事もするが金銭の慾などの為なら、寧ろ餓え死ぬ方が幾等気楽かも知れぬ。
恐々ながら燐燧を擦った、爾して潜戸を見ると鍵穴は有るけれど鍵は填めてない、真逆の時には錠前を捻じ開ける積りで、様々の道具の附いた小刀は買って来たけれど、何うしても此の危険な所で此の戸を捻じ開けて見ようと云う度胸は出ぬ。兎も角も先ず廊下へ誰が出たとて容易には見附からぬ無難な所へ身を隠して篤と考えて見ねばならぬ、夫には二階へ上り、甚蔵の元の寝間に入るが第一だ。
思い定めて二階へ登り甚蔵の寝間の空いて居るのへ這入り、真っ暗の中で先ず胸を撫でて気を鎮めた、爾して色々と思い廻すにアノ潜戸を開ける事は到底出来ぬ。何でも彼は内から錠を卸して有る者に違いない、愈々内からとすれば、外の方面に最う一つ出這入
前へ
次へ
全534ページ中247ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
黒岩 涙香 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング