ては初めから一点も持って居らぬけれど「イヤ荷物は悉く停車場へ預けて有ります、其の中には日を経ると傷む者も有りますので猶更グズグズは仕て居られません」彼「御尤も、夫では宜しい怪我人は私が引き受けました」と一通りの挨拶を言って其のまま医学士は進んで行った。
 余は直ぐに彼の後を見え隠れに尾けて帰ろうかと思ったが、外に多少の用意もあるから爾はせずに真直ぐにペイトン市へ行き第一には食事を済ませ、第二には人の家へ忍び込むとき足音のせぬ様に、漉毛《すきげ》で作った靴を買い、第三には若しもの用意に色々な道具の附いた小刀を一挺買い求めた。事に寄ると余は随分盗賊にも探偵にも成れる男かも知れぬと、此の様に思って独り可笑く感じたが、併し無駄事を考えて居る場合でないから直ぐ様元の養蟲園へ引っ返した、第一に目指す所は無論彼の潜戸の中に在るのだ。
 再び養蟲園へ着いたは夜の十二時頃で有った。若し彼の潜戸の中が何れほど恐ろしい所かと云う事を前以て知って居たなら余は斯う引き返す勇気は出なんだかも知れぬ、茲が世に云う盲蛇だ、知らぬほど強い者はない、愈々帰り着いて様子を見ると、宵に少しばかり降った雨も歇《や》んで風の音の
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