つ撞木《しゅもく》は何所に有ろう、アア戸の表に十有二個の凸《つき》出た所が有る、此の凸点が順々に鐘に当るのだ、併し此の凸点が有る以上は、之が邪魔して戸が壁へ這入る事が出来まいと思われるが、其れとも鐘の鳴る頃には壁の一部が何うか成って此の凸点が邪魔に成らずに戸が壁へ這入るか知らん、此の辺の細かい事は到底鐘の鳴る時までは分らぬ。
 最早鐘の鳴る時を待つ一方だと、気を落ち着けて蝋燭を床へ立て、爾して自分の時計を出して検めると、茲へ入って確かに一時間は経った様な気がするけれど未だ三〇分しか経って居ぬ、僅かに十時三〇分である。
 猶だ更に是ほどの時間が経たねば鐘は鳴らぬか、待ち遠しい事だと思って、待って居ると、天井の何所かから電光《いなびかり》が差し込んで、続いて一方ならぬ雷が聞こえる、此の向きでは外では定めし風も吹いて居よう、雨も降って居よう、併し鉄と石とで堅めた室だけに雨風の音は分らぬが、雷の響は非常である、余は思わず頭《こうべ》を垂れて居たところ、其のうちに今までの蝋燭が燃えて了って室は真暗な闇と為ったけど蝋燭の用意は充分だから敢て驚かぬ、悠々と次の蝋燭を取り出そうと、衣嚢の中を探って居ると、此の時又更に大きな雷光が差し殆ど目の眩めくほどに光った。之が天の助と云う者か、此のお影で今迄蝋燭の光に見えなんだ深い深い塔の底の秘密が殆ど歴々《ありあり》と余の目に見えた。

第百七回 一種の叫び声

 何が幸いになるかも知れぬ、差し込んだ雷光が余の為には天の詫宣《おつげ》であった、此の光で塔の底の秘密が見えた。
 此の時まで余は、自分の蹈んで居る床が何の様に為って居るか少しも心附かなんだが、俯向いて居る所へ何千何百万燭光とも譬え様のない強い光が閃き込んだので、床の有様が歴々と見えた、即ち角な木を格子の様に組んだ者で木と木との十文字の間に網の目の様に穴が明いて居る、何の為だか知らぬけれど或は埃の溜らぬ用心ででも有ろうか、此の穴から光は尚深く、底の底まで差し込んだ、勿論少しの間では有るけれど、余はチラリと見て取った、其の底の底に何でも石の階段とも云う様な段々が有る、是が咒語に在る「階廊迂曲」に当るのだろう。
 爾して其の下に人だか何だか兎に角着物を被た者が横たわって居る、或は之が秀子では有るまいか、勿論見直す暇のない間に電光は消えて、元の暗闇になったから、少しも取り留めた所はないが或いは秀子が早や毒薬を呑んで、死んで斃れて居る姿であったかも知れぬ、斯う思うと真に気が迫られる、一刻も早く塔の底へ降って行き度い。
 けれど十一時が打たねば何うする事も出来ぬ、再び蝋燭を点し、時計の鐘が鳴れば直ぐにと用意の調った所で、嬉しや十一時は打ち初めた、見て居ると予算の通りだ、鐘の音の一点毎に壁の戸が六七分ぐらいづつ開く、全く緑盤の動き方の三分一ほどに当るのだ、併し是では十一度打った所で一尺とは開かぬが、何うか開け放す工夫は有るまいかと、手を添えて戸を引き開ける様にするけれど、戸は余の力では少しも動かぬ、唯鐘の声と一所に動くばかりである、爾して其の動く度に、壁の端に空所が出来て、戸の表に有る十二個の凸点が差し支えずに一個々々其の空所を通って行く、実に精巧な仕掛けである。
 頓て凸点は十一だけ壁の中へ隠れて了った、戸は七八寸開いた、茲ぞと思って余は再び戸に力を加えたけれど悲しや、早や凸点の通過する壁の空所が塞って、最後に残って居る一個の凸点が之に支え、到底開く可き見込みがない、アア待ちに待った十一時は鳴ったけれど、余は此の関所を通り越す事が出来ぬ、恨めしいとも情けないとも殆ど言い盡す言葉がない。
 けれど余は漸く合点が行った、今のは十一時で有ったから、十二の凸点が一個残り、之が閊《つか》えて戸を開け放す事が出来なんだけれど、若し十二時になれば意地の悪い凸点が悉く隠れるから戸は人の力で充分開け放す事が出来るのだ、斯う思って再び戸を見ると戸は自然に後へ返り、早や元の通りに閉じて了った、幾等泣いても悶いても仕方がない、唯十二時を待つ許りだ、十時に這入って此の窮屈な所に十二時まで待つとは、日頃なら到底出来ぬ辛抱だ、と云って出る所もないのだから出来ぬ辛抱を余儀なく強いられるのだ。
 此の間の余の煩悶は管々しく書くに及ばぬが凡そ三千年も経ったかと思う頃漸く十二時とは為った、全く余の見抜いた通りである、鐘の音の十二鳴り盡くすと共に十二の凸点が隠れて了ったから、余は戸に手を掛けて引き開けたが、意外に軽く、突き当るほどに開け放れた、一人も二人も通過する事の出来る広さである、余は雀躍《こおどり》して茲を抜けたが、是で見ると此の関所は十二時でなければ出入りの出来ぬ所だ、秀子が茲を通ったのは真昼の十二時で有ったのか、爾すると明日の真昼までは此所を出る事が出来ぬか知らん。
 戸の外は矢張り
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