なほさかんなり      をくにざうす
鐘鳴緑揺 しようなり   微光閃※ びくわう
     みどりうごく       せんよく
載升載降 すなはちのぼり 階廊迂曲 かいらう
     すなはちくだる      うきよく
神秘攸在 しんひの    黙披図※ もくして
     あるところ        とろくをひらけ
[#ここで表罫囲み終わり]
[#妖※偸奪「※」は「かみがしらの下に几」、読みは「こん」、30−下16]
[#家珍還※「※」は「きへん+賣」、読みは「とく」、30−下17]
[#微光閃※「※」は、へんが「火」、つくりが「日」の下に「立」、読みは「よく」、30−下19]
[#黙披図※「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、30−下21]
 何の意味であろう、先ず読者にも考えて貰い度い。

第十回 図 ※ [#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、31−上2]

 何にしても此の咒文は幽霊塔の秘密を読み込んで有るに違いない、この意味が分れば、幽霊塔の秘密も分るに違いない。
「明珠百斛《めいしゅひゃっこく》、王錫嘉福《おうしかふく》、妖※偸奪《ようこんとうだつ》、夜水竜哭《やすいりょうこく》、言探湖底《げんたんこてい》、家珍還※《かちんかんとく》、逆焔仍熾《ぎゃくえんじょうし》、深蔵諸屋《しんぞうしょおく》、鐘鳴緑揺《しょうめいりょくよう》、微光閃※《びこうせんよく》、載升載降《さいしょうさいこう》、階廊迂曲《かいろううきょく》、神秘攸在《しんぴしゅうざい》、黙披図※《もくひとろく》」
[#妖※偸奪「※」は「かみがしらの下に几」、読みは「こん」、31−上5]
[#家珍還※「※」は「きへん+賣」、読みは「とく」、31−上6]
[#微光閃※「※」は、へんが「火」、つくりが「日」の下に「立」、読みは「よく」、31−上6]
[#黙披図※「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、31−上7]
 昔の韻文で、今人の日常には使用せぬ文字も多いが、併し兼ねて余が聞き噛って居る幽霊塔の奇談と引き合せて考えれば、初めの方だけは薄々に斯う云う意味だろうかと推量は附く、平たく云えば「沢山な宝を(第一句)国王から恵まれた(第二句)怪しい悪僧が盗み去って(第三句)暗い水の中へ落した(第四句)いま水海の底を探して(第五句)我が家の宝が元の箱へ還った(第六句)今は物騒な世の中だから(第七句)人の知らぬ様に家の中へ隠して置く(第八句)」と、此の様な事でも有ろうか、併し此の次の四句は更に分らぬ、鐘が鳴るの、緑が動くの、微かな光が閃めくの、昇るの降るのとて、全体何の事だ、此の四句が能く分れば多分は其の宝の在る所へ行く路も分り、従って其の宝と云う物は全くあるかないか此の伝説が虚か誠かと云う事を見極める事も出来ようけれど、到底此の意味は分らぬから仕方がない、唯余に分らぬのみでなく恐らくは誰にも分らぬで有ろう、分らねばこそ今まで何百年も秘密と為って存して居るのだ、とは云え末二句には聊か頼もしい所がある「神秘の在る所、黙して図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、31−上23]を披け」と云うは「詳しい事は図面で見よ」と云う様な心ではあるまいか、爾とすれば其の図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、31−下1]とか云う図面を見れば、最《もっ》と能く分り相に思われる。
 此の様に考え回す所へ、叔父は時計室から降りて来て「何う見ても時計の捲き方は分らぬ、夜前の松谷秀子嬢に最一度逢って教えて貰うより外はない」と云ったが、頓て背後から此の咒語此の聖書を見、驚いて「ヤ、ヤ、是は大変な物が出て来た、此の聖書は昔から丸部家の家督を相続する者に伝えて来た宝の一だ、咒語は到底何の事だか分らぬけれど丸部家の当主たる者は誕生日毎に此の咒語を暗誦して其の意味を考えねばならぬと云う事に成って居たのだ、全体此の聖書は何所から出た」余「今此の戸棚に在りました」叔父「それは益々もって不思議だ、此の聖書は輪田お紺婆が此の塔を買い取るより数年前に紛失して、時の当主は大金を掛けて詮索したが到頭出ずに仕舞ったのだ、若しその時に此の戸棚に在ったなら直ぐに当主が見出す可き筈で有る、勿論此の戸棚などは空にして探したけれど出て来なんだ、何でも一旦紛失した物が時を経て茲へ返ったのだ、聖書が独りで返る筈はないから誰かが持って来て密っと入れたのだ」余は益々怪美人の言葉を思い合せ、彼の美人が余に此の咒語を解かせ度いとでも云う親切で此の聖書を茲へ入れたに違いないと思う、併し彼の美人が何うして此の聖書を持って居たかなど云う点は更に分らぬ、分らぬけれど分らぬ事だらけの怪美人のする事だから、何も是のみを怪
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