き出した。
「私と根西夫人と伊国の旅館で初めて高輪田長三に逢いました。其の時は何者とも知りませんでしたが、私が幽霊塔の話をすると、彼は忽ち自分が其の塔の今までの持主で、此のほど丸部朝夫氏へ売り渡したのだと云いました、彼は私が其の丸部の養女だと知ってから急に私の機嫌を取る様に成りましたが、私が松谷秀子の身の上を知るに屈強の人に逢ったと思い、充分懇意に致しました、爾して或る時秀子の事を話し、多分古山お酉と云う女中で其ののち米国へ行ったのが、金でも儲けて令嬢に化けて此の国へ帰ったのだと思うが、何うだろうと問いますと、彼は秀子の様子の容貌などを詳しく聞き、イヤ夫はお酉とは違う様だ、若しや其の女の左の手に、異《かわ》った所はないかと問い返しました、左の手は斯々で異様な手袋に隠して居ると云いました所、彼は顔色を変えて驚き、頓て、事に由ると養母殺しの輪田夏子が、何うか云う次第で生き返り姿を変じて現われたのかも知れぬと云いました。
「其のうちに彼は私が深く秀子を恨んで居る事を見て取り、果ては自分の妻たる事を承諾さえすれば共々に力を合わせて其の秀子の化けの皮を剥ぎ、何の様な目にでも逢わせて遣ると云いました、勿論私は彼の妻などに成る気は有りませんけれど一時の手段と心得、夫は随分妻に成らぬ事もないが兎も角も貴方の手際を見ねばとて成るだけ彼を釣る様に答え一緒に此の国へ帰って来たのは貴方が御覧なさった通りです。
「彼は唯一目秀子の顔を見さえすれば直ぐに輪田夏子と云う事を看破すると云い、其の積りで幽霊塔の夜会へ出ましたが、愈々秀子に逢って見ると彼は気を失うほど驚きました、何うでも輪田夏子に違いない様にも見えるけれど、能く見れば又何うしても夏子ではない様に思われる、此の様な不思議な事はない、此の上は左の手の手袋を奪い其の下に何を隠して居るかを見る一方で、之をさえ見れば確かな所を断言する事は出来ると云いました。
「之より私は唯秀子の手袋を奪うのと、貴方に逢って能く自分の心の中を打ち明けることを目的とし其の機をのみ待って居るうち、貴方の仰有る私の紛失の日が来たのです。
「アノ日私は多分貴方か又は秀子かが読書の為に来るだろうと思い、独り書斎へ忍び込んで居りますと、兼ねて長三は私が貴方に心を寄せて居る事を疑い、嫉妬の様な心を以て窃に見張って居ると見え、窓の外へ来て、恨む様な言葉を吐きました、若し彼様な所を貴方にでも秀子にでも見られては何事も面白く行かぬと思い私は長三に其の旨を説き、ヤッと彼を追っ払いました、彼が立ち去ると引き違えて貴方が一方の戸の所から這入って来ました。
「其の後の事は申さずとも御存じの通りです。夫から私は貴方の言葉に失望して、庭の方へ立ち去ると松谷秀子に逢いましたから、寧ろ此の女を貴方の前へ連れて行って、無理にでも左の手袋を取らせるが近道かと思い、話が有るからと云って誘い、引き連れて再び書斎へ行って見ますと最う貴方は居ないのです、居ないのではなく、後で分りましたが大怪我をして声も立たぬほどの有様となって本箱の蔭に倒れ、私と秀子との問答を聞いておいでなさったのです。
「最う序でですから何も彼も申して置きますが貴方の怪我も長三の仕業です、彼は私に追い払われて一旦窓から立ち去りましたけれど、立ち去ったと見せて又引き返し、アノ室の仕組は誰よりも能く知って居る者ですから、壁の間に秘密の道が有ると知り其所へ潜り込んで爾して様子を窺って居た相です、窺って居ると私が貴方に向かいアノ通りの事を云いましたから、彼は貴方が世に有る間は到底《とて》も私を自分の妻にする事は出来ぬと思いましたか、自分では嫉妬の一念に目が眩んだと云いますが私の立ち去った後、貴方が壁の傍へ来て、丁度長三の居る所へ背を向けて立ったのを幸い、ソッと秘密の戸を開き貴方を刺したのだと申す事です」
 長三が其の様な事をするは余に取って左まで意外な事ではない、けれど余は今が今まで確かに彼とは思い得ず、又壁の間などに秘密の戸や秘密の道などが有る事も知らねば、到底説き明かす事の出来ぬ不可思議の事件だと思って居た、是で見るとお浦の口から未だ何の様な意外の事件が説明せられるかも知れぬ。

第百回 成功の種

 勿論幽霊塔は、奇妙な建築で、秘密の場所のみ多いけれど、彼の書斎の壁の背後に人の隠れる様な所の有るは知らなんだ、探偵森主水さえ看破る事が出来なんだ、此の向きでは猶何の様な不思議の事を聞くかも知れぬと、余が耳を傾くると共にお浦は徐々《しずしず》語り続けた。
「貴方が怪我して、イヤ刺されて本箱の蔭に仆れて居ようとは私も秀子も其の時は未だ知りませんから、誰も聞く人はないと思い、云い度い儘を云い、争い度い儘に争った事は定めし御存じでしょう、爾して争いは私の勝と為り終に秀子の左の手袋を奪い取り其の下を見ましたが、全くお
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