を先日高輪田長三の毒舌で聞されて非常に心を痛めて居たのですから私が悉く其の輪田夏子の清浄潔白な次第を告げたのです、それを聞いて叔父御の喜びは一方ならず、是で最う病気も癒ると云い、私を引き留めて放さぬのです、到頭私は叔父御の枕許で夜明かし同様に明かしました、ですが丸部さん肝腎の私自身が未だ秀子の其の後の有様を知らぬのです、今は何所に居るのですか」余「甚く疲れて居室へ退きましたから多分今は寝て居るのでしょう」権田「シタが貴方の約束は」余は少し不機嫌に「ハイ厳重に履行しました、秀子は全く私を恨み、不幸の境遇に陥った女を憐れむ事さえ知らぬ見下げ果てた男だと本統に愛想を盡して居るのです」
 之を聞いて権田は痛く打ち喜ぶかと思いの外聊か面目なげに「実に邪慳な約束でお気の毒に思いますが」と、一昨夜の様に代え、頭を掻いて何だか打ち萎れた様子である、余は猶も腹の底に癒え兼ねる所が有るから未練ではあるけれど「貴方は定めし満足でしょう」と聊か厭味の語を洩らした、権田「イヤ私は失礼ながら貴方を見損なって居ましたよ、斯うまで身を犠牲にして約束を守るとは、アア今時に珍しい真に愛す可く尊う可きお気質です」と云って暫し考えた末「併し叔父御が頻りに貴方の事を気遣い、何所へ行ったのだろうなどと云って居ますから、他の話は後にして先ず叔父御の寝室へお出でなさい」
 余は其の意に従いて彼と共に叔父の室へ行った、叔父は随分病み耄《ほう》けて居るけれど、余ほど回復したと見え、床の上へ起き直り「オオ道九郎か、何より先に其の方へ頼み度いは何うか秀子を探して来て、己に代わって詫びをして呉れ、己は秀子を疑ぐって済まなんだ、昨夜此の権田氏から聞けば権田氏が今まで秀子の為に盡されたも感心だが、秀子の清浄潔白なのも感心だ、夫を知らずに己は秀子が其の輪田夏子だと聞いて、数日来胸が悪く思って居た、実に相済まん訳である、殊に其の昔第一に輪田夏子の死刑を主張したのは此の己だが、其の罪が夏子でなかったとすれば重々己の過ちだ、孫子の末まで裁判官などを勤めさせる者ではない、それに就けても憎いのはアノ高輪田長三だ、彼は養母お紺が毎年一度銀行から一切の財産を引き出して検める事を知り、それを窃む為に倫敦から忍び返ってお紺を殺したのだ、其の疑いを輪田夏子へ掛け自分は其の金を隠して置き年を経るに従って漸々《だんだん》に引き出して自分の物にして了った
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