けたのを余が雀躍して飛び附きはせずに却って顔を反したのだから怒るのも無理はない、之を怒らねば秀子でない、秀子以下の女である、けれど又其の怒りを陽《あらわ》に現わすのも秀子でない、秀子以下だ、秀子は再び何にも云わぬ、唯静かに手燭を取り上げた、余は今更熱心の色を示されもせず唯当り前に「ドレ私が送りましょう」と云った、秀子は実に冷淡である、唯「イイエ、独りで歩まれます」此の一語が余に対して生涯の勘当状である、余も単に「爾うですか」と味のない返事をしたが、此の時初めて、秀子の愛を失うが何ほど辛いかと云う事を思い知った、今までとても権田の条件に服して以来秀子を失わねば成らぬ者と幾度か嘆きは嘆いたけれど実際に秀子の愛を失うたのは今が初めてである、全く余が心は宇宙の太陽系統から太陽を引き去った様に、最暗黒と為って了った、滋味もない露気もない、此の後の生涯は、生涯の搾滓《しめかす》である、人間一人が生きながらの搾滓と為って了ったのだ、清風も有り清水も有り、萠え出る草の緑も咲き盛る花の紅も有る絶景の沃野を通り盡して索々《さくさく》の沙漠に入ったのだ、本統に死んで了い度く成った、何にも言わずに秀子より先に立って此の室を去ろうとした、秀子は全くの他人に向かう調子で「ですが丸部さん、貴方は此の塔の底に宝の有る事を知りながら其の宝が塔の底の何所に、何の様に成ってあるか其の実質は何であるか、其れを見届けずにお立ち去りなさるのですか」と問うた、余「ハイ見届ける必要は有りません、幾百年此の底に隠れて居た者ですから、其の儘に隠れさせて置きましょう、縁が有れば誰か又外の人が取り出すでしょう」後は野となれ山と為れ、人間世界を捨てた様な此の身に宝などが要る者か、腹の中は全く自狂《やけ》の有様である。
第百十四回 第一号家珍
縦しや王位よりも貴い宝にせよ、既に人間の搾滓と為った余に取っては何の必要もない、余は全く塔の底の宝を、手にも附けずに捨て置いて立ち去る積りである。
秀子は斯くと見て「イイエ開かずに置いては了いません、兎に角も私が見出したゆえ、私から貴方へ請うのです、サア何うか開いて、其の宝が何であるかを見届けて下さい、其の上で去るならばお去りなさい」殆ど命令かとも思うほど言葉に強い所が有る、余は其れでもと言い張る勇気はない、余「では検めましょう、其の宝は何処に在ります」秀子「コレ茲に、並んで居
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