で、元来たよりも幾分か余計に降ったと思う頃、又も一個の室とも云う可き平な床へ降り着いた、熟く視ると此の室は八角に出来て居て、其の一角ごとに一個の潜戸が附いて居る、詰る所、余は上から降りて来て茲へ這入った戸口の外に七ケ所の戸口が有るのだ、どの戸口を潜れば好いか更に当りが附かぬ、又も咒語に頼る外はないと思い、能く考えて見ると確か「神秘攸在、黙披図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、190−上2]」とあって図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、190−上2]をさえ見れば分ると云う意味で有ろう、成ほどアノ図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、190−上3]は唯見てこそ分らぬが、此の室へまでの道路の秘密を心得た上此の室で披《ひら》いて見れば随分思い当る所が有ったかも知れぬが、悲しい事には今はないのだ、虎井夫人が竊《ぬすん》で養蟲園へ送って遣ったのだ、其ののち何う成った事で有ろう、今更悔んでも仕方はないが、此の様な事と知らば、アノ図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、190−上7]をも咒語と同様に暗記して置く所で有った、爾だ秀子が能く図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、190−上8]を研究なさいと云ったよ、其の言葉にさえ従って置けば此の様な当惑もせぬのにと、余は心底から後悔した。
 何でも此の様な時には気を落ち着けねば可けぬ、急げば急ぐだけ益々迷うのだからと、静かに時計を取り出して磁を検め方角を判断した、方角は分ったが其の上の事は更に分らぬ、併し此の室は塔の何の辺に当るで有ろう、何うも時計室の直ぐの下に在る余の居間と凡そ並んで居るではなかろうか、升《のぼ》り降りは階段や廊下の長さで大抵其れ位に考えられる。
 果たしてそうとすれば、之が余の室の背後である、余の室は既に記した通り、四方とも縁側の様な廊下に成って居て、其の一方だけが、塞がれて物置きとせられて居るが、其の物置きの背後が何の様に成って居るかは今まで深く考えた事もない、単に余の室より外に室はない事の様に思って居たけれど塔の面積から考え合わすと仲々其の様な事ではない、物置きの背後の方に、余の室の倍より以上の室が有り得べき筈だ、今升ったり降ったりして来た道を考えても塔の中に様々
前へ 次へ
全267ページ中232ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
黒岩 涙香 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング