の知らせに此の咒語を開いたでは有るまいか。
第百四回 目に留る一物
此の幽霊塔を建てた当人さえ、一たび落ち込んでは終に出ることが出来ずして「助けて呉れ、助けて呉れ」との叫び声を、空しく外に洩しつつ悶き死んだと言い伝えられて居る此の塔の底に松谷秀子が身を投げたで有ろうか、唯想像するさえも恐ろしい程だから、真逆にとは思うけれど、前後の事情を考え合わせば、何うも身を投げたとしか思われぬ。
真に身を投げたのなら、今頃は塔のドン底で何の様な有様と為って居るやら、彼の千艸屋で買ったと云う毒薬を呑み、最う既に何の苦痛をも知らぬ冥界《あのよ》の人と為って了ったであろうか、夫とも猶だ死にはせず、其の身の不幸や、浮世の邪慳な事などを思い廻し、一人で思う存分に泣き入って居るで有ろうか、孰れにしても実に早まった次第である、僅かに一時間か、二時間か、余が茲へ来るまで待って居たなら、其の身に掛かる恐ろしい濡衣が、乾すに乾されぬ事のない次第も分り、死なずとも済む事が腑に落ちて、大した愁きもなく収まる所であったのに、エエ、残念とも心外とも今更譬うる言葉もない、思えば実に不運不幸な女ではある、幾年幾月、艱難辛苦、唯其の身の濡衣を乾し度いばかりに、自ら密旨と称して命がけの誓いを立て、屈せず撓《たゆ》まず只管に自分を苦しめ、ヤッと其の密旨の届く可き間際まで漕ぎ附けたのに、却って悪人や悪き事情などの為に妨げられ、到頭密旨の届かぬ者と断念し、其の絶望の余りに、遂に還らぬ冥界へ身を投げたとは、真に千古の恨事と云う者、此の様な哀れが又有ろうか、思えば思うだけ、察すれば察するだけ、余は益々秀子の傷わしさが身に徹《こた》え何が何でも此の儘に捨て置く訳には行かぬ、余自らも塔の底へ降って見よう、出る事が出来ずして秀子と共に死ねば死ねだ。
今から思えば実に乱暴な決心ではある、併し此の時は乱暴とは思わぬ、秀子の後を追い塔の底へ降る外には、広い世界に余に行き所はない様な気に成って了った、降って行って、間に合うやら合わぬやら、其の様な事は夢中である、既に秀子の死んだ後で、余は其の死骸の傍へ着き、呼《よ》び活《い》かする事も出来ず、余自ら死ぬるにも死ぬる道なく、生きて塔の外へ返るにも返る道のない、如何とも仕難い場合に立ち到りはせぬかなどとは露ほども心に浮かばぬ、唯一心に塔の底、塔の底と叫びつつ、上の時計室へ登って行った
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