けれど其の清浄潔白の女を、猶も疑う様に見せ掛け、其の女から生涯賤しまれる様に、愛想を盡され度外に措かれる様に、仕向けねば成らぬとは何たる情け無い始末で有ろう、泣いて好いか笑って好いか、我が身で我が身が分らぬとは茲の事だ。
 併し其のうちに汽車の中で眠って了い、塔の村の停車場へ着いた時、初めて目が覚めた、早や朝の七時である、何でも秀子は夜の明けぬうちに茲へ着いた筈では有るが、実際此の地へ来たか知らん、途中で何所かの停車場から降りたでは有るまいかなど、様々に気遣われ、急いで幽霊塔へ帰って見た、爾して門の番人に、第一に秀子が帰ったかと問うて見たが、昨夜遅くに倫敦から秀子に宛てた電報の来た事は知って居るが、秀子の帰った事は知らぬとの返事、其の電報が即ち余の発したのに違い無いから、シテそれを何うしたと問えば虎井夫人に渡したとの事である、自分の室へも入らずに其のまま夫人の居室に行くと夫人は例の狐猿に顔を洗って遣って居る、其の様甚だ優長には見ゆるけれど併し心の中に何か穏やかならぬ所の有るは、余の顔を見ての眼の動き工合でも分る、扨は此の夫人、既に余が養蟲園へ行き夫人の身許まで探ったのを知り、居起《いたた》まらぬ気でもするのか、夫とも外に気に掛かる所が有るか知らんと、余は疑う色を推し隠して「秀子さんは」と極く軽く問うた、夫人は狐猿の顔を拭い終わって「サア昨日何処へか出て未だ帰りませんが、倫敦から電報なども来て居ますから、早く帰れば好いと思って居るのです」云う様が毎もの嘘ではないらしい、是で見ると秀子が此の家へ帰り着かぬのが本統だろう、夫とも夜が引き明けに、丁度番人の怠って居る時に着き、其のまま自分の室へでも隠れたのか知らん。
 若し彼の電報を見たのなら、兎に角余が安心させる様に認めて置いたから落ち着いて居るだろうが、彼の電報が猶秀子の手に渡らずに有って見れば、当人は今以て心も心ならずに居るで有ろう、早く逢って安心させて遣り度い、イヤ今は安心させる訳にも行かず、逢えば唯余に愛想を盡す様に仕向けねばならぬのだけど、夫でも逢い度い、逢って顔見ねば何だか物足らぬ所が有る。
 是から余は秀子の室へも行き猶家中をも尋ねたけれど、秀子の姿は見えぬ、此の上は再び停車場へ引き返して、誰か秀子の下車したのを見た者はないか聞き合わして見ねば成らぬ、トは云え余自ら此の家へ帰り、猶生死の程も分らぬ叔父の病気を
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