に秀子の其の創の手を弄ぶ様にして居る、爾して彼は説き明かす口調で「丸部さん、私がアノ顔形の復写を何うしたとお思いです、直ぐに私は無名で以て秀子に送り届けました、定めし秀子は驚いたでしょうが、驚かせるのが私の目的です、驚かせて遣らねば秀子は私の許へ来ませんもの」是だけ云って余の顔を見、余が聞き入って居るを見届けて「イヤ全くですよ、秀子は近来、貴方にさえ保護されれば此の世に少しも恐い者はないと思ったか、私へ対しての振舞いが甚く冷淡に成りました。用事の有る時は相談も仕ますけれど、不断は殆ど捨てて顧みぬ有様です、併し私はそう冷淡に取り扱わる可き筈で無い、秀子の為に命の親とも云うべき者です、夫だから何うか此の家へ呼び寄せて悠《ゆっく》り諭し度いと思い、色々考えて見ましたが、夫には顔形を以て威かすに限る、無名で以てアノ顔形を送りさえすれば、秀子は自分の身の弱点を思い出し、此の秘密が消えぬ以上は何うしても権田時介の保護を離れる訳に行かぬと思い、且は顔形の送り主が何者であるか之に対して何の様な処分をすれば宜いか此の辺の相談に必ず私の許へ馳け付けて来よう、来れば何の様な話でも出来ると私は斯う思いました、斯う思って此の通りに仕た所、果して秀子は私の所へ遣って来て纔《わず》かに話を始めた所へ又貴方が来たのです、貴方の為に肝腎の話を妨げられたは遺憾でしたが、イヤナニ今思えば結句幸いになりましたよ、貴方の口から秀子を妻にする事は出来ぬとの一言を私が聞いたのみならず確かに秀子も聞きました、御存じの通り秀子は仲々気位の高い女ですから、アノ一言を聞いた以上は決して貴方の妻には成りません、此の後貴方が何の様に詫びたとて無益な事です」
余は殆ど死刑の宣告を聞く様な気持がした。余の一言を秀子が此の様に怒るだろうか、怒って何の様な詫びにも心が解けぬ事になるだろうか、斯う思うと実に心細い、今現に目の前に秀子の美しい顔と、其の気絶した傷々しい様とを見て、此の女から生涯疎まれる事に成るかと思うと殆ど一世界を失う様な心地がする、エエ残念、残念と思うに連れ、秀子の犯した罪さえも、何だか左程咎めるに足らぬ様な気がして、腹の中で其の軽重を計って見ると、決して悪意でお紺婆を殺した訳では有るまい、善悪の区別も未だ充分には呑み込めぬ我儘盛りの年頃で、甚く心の動く事が有って我知らず殺すに至ったとすれば随分其の罪を赦しても宜い
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