取り出した、死人の遺身《かたみ》かと思われる、其の色は緑がかって聊か黒味を帯びて居る、随分世に類の多い髪の毛だ、先生「此の仮面と此の髪の毛を見て何と思います」余「別に何とも思いませんが」先生は聊か気の落ちた様子で「ハテナ」と小首を傾け更に「仮面の裏を能く御覧なさい」とて仮面を柱から外して、余に渡した。余は其の言葉通り仮面の裏を見たが貼り紙が有って何事をか認めて有る、其の文字を読むと驚くべしだ。「輪田|阿夏《おなつ》」とあって、更に「殺人罪を以て裁判に附せられ有罪の宣告を経て終身の刑に処せらる」とあり、次の項に「千八百九十六年七月二十五日大場連斎氏の紹介、権田時介氏連れ来る。同年同月十一日に故あって獄を出たる者なりと云う」との文字がある。
 輪田お夏とは幽霊塔の前の持主お紺婆を殺した養女である、千八百九十六年に牢の中で病死し其の死骸は幽霊塔の庭の片隅に葬られ、石の墓と為って残って居る、秀子が屡々其の墓へ詣で居たのみならず、同じお紺婆の養子高輪田長三も其の墓の辺に徘徊して居た事は余が既に話した所である、墓の表面には確か七月十一日死すとの日附が有った、茲には其のお夏が同じ日に出獄した様に記し、其の月の二十五日に権田時介が茲へ連れて来た様に記して有るのは何の間違いであろう。
 余は叫んだ。「先生、先生、貴方は欺かれたのです、殺人女輪田お夏が茲へ連れられて来るなどとは実際に有り得ぬ事です、死骸と為って地の下へ埋って今は其の上へ石碑まで立って居ますが」先生は少しも怪しむ様子がない。
「勿論石碑も立って居ましょうか、併し夫は事柄の表面さ、アノ墓をあばいて御覧なさい、空の棺が埋って居る許りです」余「エ、何と仰有る」先生「イヤ此のお夏は一旦死んで、爾して私の与えた新しい生命で蘇生《よみがえ》ったのです、死んだお夏は此の顔形で分って居ますが更に、其の蘇生った時の顔をお目に掛けましょう」云うより早く先生は仏壇の様な中から又彼の白木の箱を取り卸し、前と同じ事をして同じ顔形を引き起した。「サア是を見れば、云わずとも事の次第が分りましょう、エ丸部さん合点が行きましたか」余は更に其の顔形を見たが、此の方は松谷秀子である、秀子の顔を、ソックリ其の儘蝋の仮面に写したのである。

第七十六回 真の素性

 勿論、愛らしい活々した秀子の美しさが蝋細工の顔形へ悉く写し取らるる筈はない、此の顔形を真の秀子に
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