子に向い「全く安心してお出でなさい」と念を推した上、更に叔父の病室へ遣って行った。
 余が戸口まで行くと恰も中から看護人の服を着けた男が出て来た。看護に疲れて交代する所らしい、余は此の人の顔に確かに見覚えがある、けれど其の誰と云う事は今は云うまい、先ず急《せわ》しく其の男を引き留めて「イヤ一寸伺いますが、今此の病室へ入って好いでしょうか」看護人「可けません、ヤットお眠りに成った所ですから」余「では目の覚めた頃にしましょうか。併し今貴方に少し伺い度い事が有ります」看護人は怪しげに余の顔を見たけれど「貴方は誰方です」余「ハイ病人の甥丸部道九郎です」看護人「では何なりとお返事致しましょう」余は此の者を連れて、密話に最も都合の好い一室に入り、先ず一椅子を指して「サア立って居ては話も出来ません、之へお掛けなさい、エ、森主水《もりもんど》さん」と名を指した。

第六十六回 何を証拠

 姿は異って居るけれど確かに此の看護人は先にお浦の事件にも関係した探偵森主水である。余は彼の目の底に一種の慧敏《けいびん》な光が有るので看て取った。
 彼は名を指されて痛く驚いたが強いて空とぼけもせぬ。忽ち笑って「イヤ姿を変えるのは私の不得手では有りますが、けれど素人に見現わされたは二十年来初めてです。貴方の眼力には驚きました」と褒める様に云い、直ぐに調子を変えて「所で私へのお話とは何事です」と軽く問うた。
 余は何事も腹蔵なく打ち明け呉れと頼んで置いて、爾して何故に秀子へ恐ろしい嫌疑が掛かったかと詳しく聞いたが、成るほど仔細を聞けば尤もな所も有る。
 彼の言葉に依ると余が彼の穴川甚蔵を追跡して此の家を去った日の未だ暮れぬうち、余の叔父は兼ねて言って居た通り法律家を呼んで遺言書を作り、余と秀子とを丸部家の相続人に定め、余には未だ言い渡さぬけれど秀子には直ぐに其の場で全文を読み聞かせたと云う事だ。スルト翌日の朝になり、彼の高輪田長三が叔父の手へ何事か細々と認めた手紙の様な者を渡した。其の中には何でも秀子の身の素性や秘密などを書いて有った相で、叔父は非常に驚いて、直ぐに秀子を呼び附け、其の方は此の様な事の覚えが有るかと問い詰めた。秀子は暫くの間、唯当惑の様を示すばかりで何と返事もし得なかったが、頓て深く決心した様子で有体に白状した。
 サア其の決心と云うのが、探偵の鑑定に由ると叔父を殺すと云う決心らし
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