ると、穴は最う余ほど前から掘って居た者と見え、早や掘り上げて、医学士は身を延ばして見直した上、婆と共に家の方へ帰って来た。
サア、愈々余を殺しに来るのだと、余は彼の小刀を手に持って、入口の戸の所へ行き立って居ると忽ち次の室に当たり、非常な物音が聞こえた。何の物音とも判断は附かぬが、何しろ尋常ではないと思い、徐々次の室に行き、三本残る燐燧のうち一本を擦って見たが、余は余りの事に「アッ」と叫んだ。何うだろう、彼の白痴が寝て居た寝台がなくなって床へ夫だけの穴が開いて居る、全く、彼の寝台が陥穽で、床が外れて、寝て居る人ぐるみ下へ落っこちる様になって居るのだ。
此の様な惨酷な仕組みが有ろうとは思わなんだが、何でも昔此の家へ住んだ貴族か何かが敵を殺す為に此の様な秘密の仕掛を作って置いたのだ、夫を医学士が利用して、今まで幾人の命を奪ったであろう、実に残忍極まる奴等だ、夫にしても何が為にアノ白痴を此の仕掛けで殺しただろう。殆ど鶏を割くに牛の刀を以ってする様な者だと、余は少し怪しんだが、アア分った、彼等は此の寝台に白痴が寝て居ようとは思わず、全く余が寝て居ると思ったのだ。
余は其の穴へ近づいて下を瞰いたが、真っ暗で何れほど深いか更に分らぬ。仕方なく手に有る燃え残りの燐燧を其のまま落して見ると、凡そ二丈ばかりの深さはあるかと思われる。燐燧は光を放ちつつ落ちて妙な音がして消えて了った。是で見ると下は水だ、何でも古井戸の様な者で、白痴は余の身代りと為り其の中へ入って水死したのだ。
実に可哀相な事をした、と云って此のまま居れば遠からず人違いと云う事が分り、彼の医学士が驚いて何の様な事をするかも知れぬ、成るにもせよ成らぬにもせよ、何とか此の室を出る工風をせねば成らぬ、彼が充分に用意して、余を殺し直しに来るのを便々と待って居て耐《たま》る者かと、余は全く死物狂いになった。勿論何所から逃げると云う見込みはないが、聊か便りとするは寝台の枕許に当る絵姿である、寝台は先刻煖炉を焚いた室の方へ足を向ける方向に据って居たから絵姿の背後は廊下に違いない。爾して絵姿の眼から内を窺く眼が、丁度絵姿の目の様に見えた所から察すると、之を貼り附けて有るのは壁ではなく、板であろう、板ならば叩き破られぬ事はないと、先ず試みに叩いて見た。思ったよりも薄い様な音だ、余の力ならば一破りだ。
余は先ず小刀を以って抉って見
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