決して容赦せぬ気になりますよ」秀子「構いません、今云う通り、最早密旨の成就する見込みは絶えましたから、愈々の果ては斯うと充分覚悟を極めて居ます、何うか彼に窘《いじ》めて呉れと私から言伝てだと云って下さい」言い捨てて秀子は虎井夫人を振り放し、家の方へ去って了った、何と見上げた勇気ではないか、成るほど是だけの勇気がなければ、女の身として唯一人で、何の様な密旨か知らぬけれど密旨に身を委ねるなどと云う堅い決心は起し得ぬ筈だよ。
 虎井夫人は「仕ようがない事ネエ」と呟いたが、病後の身で秀子を追い掛けたり引き留めたりする事は出来ぬと見え、其のまま呟き呟き星の光の方へ行って了った、サア余は何うしたら好かろう、夫人と同じく星の光の方へ行き、彼の男を捕えて呉れ様か、イヤ捕えたとて仕方がない、夫より彼奴の立ち去るを待ちその後を附けて彼奴の何者かと云う事を見届けて呉れよう、何でも此の様な悪人だから身に様々の旧悪が在るに違いない、何うかして其の旧悪の一を捕えて置けば幾等秀子に仇《あだ》しようとても爾はさせぬ、アベコベに彼奴を取り挫《ひし》ぐ事も出来ると斯う思案を極めて了った、其のうちに彼と虎井夫人は、余の居る所から十間ほど離れた所で逢った様子だ、姿は見えぬが何か言葉急しく細語き合う声が聞こえ、爾して巻煙草は口から手へ持ち替られたと見え、星の光が低くなり胸の辺かとも思われる見当で輝いて居る、暫くすると話は終り、二人は分れて、夫人は内へ、男は外の方へと立ち去った、余は直ぐに彼の後を尾けて行こうかと思ったが、秀子の有様も気に掛る、家に這入って何の様な事をして居るか一応は見届けて置き度い。
 一先ず家へ帰って客間を窺いて見ると、秀子は何気もない体で、猶起き残る宵ッぱりの紳士三四人の相手になり笑い興じて居る、実に胸中に何れ程余裕のある女か分らぬ、是ならば秀子の事は差し当って心配するにも及ばぬと思い、其のまま戸表《おもて》へ駆出した、勿論彼の男が庭から裏の方へ立ち去った事は知って居るが、裏からは何所へも行く事が出来ぬから、必ず表の道へ出て、停車場の方へ行くに違いない、縦しや姿は見えずとも人通りのない夜の最う一時過ぎだから人違いなどする気遣いはない心の底で多寡《たか》を括って居ると、例の安煙草が何処からか臭って来る、ア、是だ、猟犬が臭いを嗅いで獲物の通った道を尾けるは全く此の工合だと、余は臭いを便りに徐
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