あた》る事は出来ません、私に保護させて下さいな、深い仔細は知りませんけれど此の後とてもお独りでは心細い事ばかりだろうと思われます、保護する丈の権利を私に与えてさえ下されば」と云い掛けると、秀子は恟《びっく》りして余より離れ「貴方も矢張り権田さんの様な事を仰有る、保護して下さるは有難くとも私は其の様な約束は出来ません」実に余は権田が秀子に言うた通りの事を言い度くなった、心に権田を笑った癖に唯一夜明けた丈で自分が其の権田に成り代わるとは成るほど秀子が承知の出来ぬ筈だと思い「イヤ夫では最う其の様な事は言いませんが、貴女は今私の出て来たのを有難いとお思いですか」秀子「夫は思いますとも、貴方が来て下さらねば私の生涯は此のまま盡きる所だったかも知れません」余「夫ならば貴女から何の約束を得ずとも此の後私は影身に成って守りましょう」秀子「でも私から何うぞとお願い申す事は出来ません、私は自分で密旨を果たさねば成らぬのですから、ハイ多分は果たし得ずに、何の様な目に逢って此の世を去るかも知れませぬけれど、固く心に誓って居るのだから致し方が有りません」と云う中にも眼は涙に閉じられて居る、何の密旨だか愈々分らぬ事には成ったが、或いは夏子の生存中に、夏子から何事をか頼まれたので有ろうか、夫で此の墓へ度々参るのでは有るまいか、孰れにしても余は最う助けずには居られない。

第二十七回 目に見えぬ危険

 若し公平に考えたら、秀子の身には定めし怪しむ可き所が多かろう、密旨などと云うも分らず、夏子の墓へ参るも分らず、高輪田長三から異様に疑われて居る其の仔細も分らぬ、併し余は少しも疑わぬ、第一秀子の美しい顔が余の目には深く浸み込んで居る。決して人に疑われる様な暗い心を持った女でない、成るほど自分で云う通り何か密旨は帯びて居るだろうよ、併し人を害する様な質《たち》の悪い密旨では決してなかろう、第二には秀子が曾て「分る時には自然に分る」と云ったのを余は深く信じて居る、自然に分る時の来るを何も気短く疑って見るには及ばぬ。
 斯う思うと唯可哀相だ、女の身で兎も角も密旨の為に働き「何の様な目に逢って此の世を去るかも知れぬ」とまで覚悟して居るとは傷々《いたいた》しいと云っても好い、助けられる者なら助けて遣り度い、と云って事情も知らず、自分の妻でも何でもないのに深く助ける訳にも行かぬ、今日の様な目に見えて危い事が有れ
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