《ゆだ》ね身を此事にのみ使えり、心を委ね身を使えど更に手掛りの無きぞ悲しき
 刑事巡査、下世話《げせわ》に謂う探偵、世に是ほど忌《いま》わしき職務は無く又之れほど立派なる職務は無し、忌わしき所を言えば我身の鬼々《おに/\》しき心を隠し友達顔を作りて人に交り、信切顔《しんせつがお》をして其人の秘密を聞き出し其《そ》れを直様《すぐさま》官に売附けて世を渡る、外面《げめん》如菩薩《にょぼさつ》内心|如夜叉《にょやしゃ》とは女に非ず探偵なり、切取強盗人殺牢破りなど云える悪人多からずば其職繁昌せず、悪人を探す為に善人を迄も疑い、見ぬ振をして偸《ぬす》み視《み》、聞かぬ様をして偸み聴《きく》、人を見れば盗坊《どろぼう》と思えちょう恐《おそろし》き誡めを職業の虎の巻とし果は疑うに止《とま》らで、人を見れば盗坊で有れかし罪人で有れかしと祈るにも至るあり、此人|若《も》し謀反人ならば吾れ捕えて我手柄にせん者を、此男若し罪人ならば我れ密告して酒の代《しろ》に有附《ありつか》ん者を、頭に蝋燭は戴《いたゞ》かねど見る人毎を呪うとは恐ろしくも忌わしき職業なり立派と云う所を云えば斯くまで人に憎まるゝを厭わず悪人を
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