して卓子《ていぶる》に置き其上へ羽織を脱ぎ其又上へ帽子を伏せ両肌脱ぎて突々《ずか/\》と薪水室《まかないべや》に歩み入りつ手桶の水を手拭に受け絞り切ッて胸の当りを拭きながら斜に小使を見て例の茶かし顔「お前《めえ》アノ大鞆が何時出て行たか知ないか(小)何でもお前《めや》様が出為《でさしっ》てから半時も経たんべい、独りブックリ/\言《こき》ながら出て行ッたアだ(谷)フーム何所へ行たか、目当も無い癖に(小)何だかお前様の事を言ッたアだぜ、私《わし》が廊下を掃《はい》て居ると控所の内で谷間田は好年《いゝとし》イして煽起《おだて》エ利くッて、彼奴|浮々《うか/\》と悉皆《すっか》り多舌《しゃべっ》て仕舞たと言《こ》きやがッて、エお前様|煽起《おだて》が利きますか谷間田は眼を円くし「エ彼奴が己の事を煽起が利くッて失敬な奴だ好々《よし/\》是から見ろ何も教えて遣《やら》ぬから好いワ、生意気な」と打呟《つぶや》きつゝ早々拭終り又も詰所に帰りて帽子は鴨居に掛け羽織は着、手帳紙入は懐中に入れ又「フ失敬な―フ小癪な―フ生意気な」と続け乍ら長官荻沢警部の控所に行《ゆき》たり長官に向い谷間田は(無論愛嬌顔で)先ほど大鞆に語りし如く傷の様々なる所より博奕場の事を告げ頓《やが》て縮れたる髪筋を出して差当りお紺と云える素性《すじょう》不明の者こそ手掛りなれと説き終りて更に又手帳を出し「斯う見込を附たから打附《ぶっつ》けに先ず築地の吉《きち》の所へ行きました、吉に探らせて見るとお紺は昨年の春あたり築地を越して何所へか行き今でも何うかすると築地へ来ると云う噂サも有るが多分浅草辺だろうとも云い又牛込だとも云うのです実に雲を握《つか》む様な話しさ、でも先《まず》差当《さしあた》り牛込と浅草とを目差して先ず牛込へ行き夫々《それ/″\》探りを入て置て直《すぐ》又《また》車で浅草へ引返しました、何うも汗水垢《あせみずく》に成て働きましたぜ、車代ばかり一円五十銭から使いました夫是《それこれ》の費用がザッと三円サ、でも先《ま》アヤッとの事に浅草で見当が附《つき》ました(警部は腹の中でフム牛込だけはお負《まけ》だナ、手当を余計せしめようと思ッて)実は斯うなんですお紺の年頃から人相を私の覚えて居るだけの事を云て自分でも聞き又|兼《かね》て頼み附《つけ》の者にも捜らせた所、何だか馬道の氷屋に髪の毛の縮れた雇女が居たと云う者が有るんです今度は直《すぐ》自分で馳附《かけつけ》ました、馳附て馬道の氷屋を片ッぱしから尋ねました所が居無い又帰って能く聞くと―(荻)爾《そう》長たらしくては困るズッと端折《はしょっ》て/\、全体お紺が居たか居ぬか夫《それ》を先に云わんけりゃ(谷)居ました居ましたけれど昨夜三十四五の男が呼《よび》に来て夫《それ》に連られ直帰るとて出たッ切り今以て帰らず今朝から探して居るけれど行衛も知れぬと申ます、エ怪いじゃ有りませんか的切《てっき》り爾ですぜ三十四五の男と云うのがアノ死骸ですぜ、夫も詳しくは覚えぬと云いますけれど何《どう》だか顔が面長くて別に是と云う癖も無く一寸《ちょっ》と見覚えの出来にくい恰好だッたと申ます、左の頬に黒痣《あざ》はと聞きましたら夫は確かに覚えぬが何でも大名縞の単物《ひとえもの》の上へ羽織を着て居たと云う事です、コレは最《も》う氷屋《こおりや》の主人も雇人も云う事ですから確かです(荻)併し浅草の者が築地まで―(谷)夫も訳が有ますよお紺は氷屋などの渡り者です是までも折々築地に母とかの有る様な話をした事も有り、又店の急《いそが》しい最中に店を空《あけ》た事も有ます相で(荻)夫では最《も》う何《ど》うしてもお紺を召捕らねば(谷)爾ですとも爾だから帰ったのです何でも未だ此府下に隠れて居ると思いますから貴方に願って各警察へ夫々《それ/″\》人相なども廻し其外の手配も仕て戴き度いので、私《わた》しは是より直《すぐ》に又其浅草の氷屋で何う云う通伝《つて》を以てお紺を雇入たか、誰が受人だか夫を探し又愈々築地に居る母とか何とか云う者が有るなら夫《それ》も探し又、先の博奕宿が未だ有るか無いか若し有るなら昨夜|何《ど》の様な者が集ッたか、其所《そのところ》へお紺が来たか来ないか、と夫から夫へ段々と探し詰ればナニお紺が何所に隠れて居ようと直に突留めますお紺さえ手に入れば殺した者は誰、殺された者は誰、其訳は是々と直《すぐ》に分ッて仕舞います」何の手掛も無き事を僅か一日に足らぬ間に早や斯くまでも調べ上《あげ》しは流石老功の探偵と云う可し、荻沢への説明終りて又も警察署を出て行く、其門前にて「イヨ谷間田君、手掛りが有《あっ》たら聞《きか》せて呉れ」と呼留《よびとめ》たるは彼の大鞆なり大鞆は先刻宿に帰りてより所謂《いわゆる》理学的論理的に如何なる事を調《しらべ》しや知らねど今又谷間
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