看破《みやぶ》りて其種を尽し以て世の人の安きを計る所謂《いわゆる》身を殺して仁を為す者、是ほど立派なる者あらんや
 五日の朝八時頃の事最寄警察署の刑事巡査詰所に二人の探偵打語らえり一人は年四十頃デップリと太りて顔には絶えず笑《えみ》を含めり此笑見る人に由りて評《うわさ》を異にし愛嬌ある顔と褒《ほ》めるも有り人を茶《ちゃ》かした顔と貶《そし》るも有り公平の判断は上向けば愛嬌顔、下へ向《むい》ては茶かし顔なる可《べ》し、名前は谷間田《たにまだ》と人に呼ばる紺飛白《こんがすり》の単物《ひとえもの》に博多の角帯、数寄屋《すきや》の羽織は脱ぎて鴨居の帽子掛に釣しあり無論官吏とは見えねど商人とも受取り難し、今一人は年廿五六小作りにして如才《じょさい》なき顔附なり白き棒縞の単物|金巾《かなきん》のヘコ帯、何《ど》う見ても一個の書生なれど茲《ここ》に詰居る所を見れば此頃谷間田の下役に拝命せし者なる可し此男テーブル越《ごし》に谷間田の顔を見上げて「実に不思議だ、何《ど》う云う訳で誰に殺されたか少しも手掛りが無い」谷間田は例の茶かし顔にて「ナニ手掛は有るけれど君の目には入らぬのだ何しろ東京の内で何家《どこ》にか一人足らぬ人が出来たのだから分らぬと云う筈は無い早い譬《たと》えが戸籍帳を借りて来て一人/\調べて廻れば何所にか一人不足して居るのが殺された男と先《ま》斯《こ》う云う様な者サ大鞆君《おおともくん》、君は是が初めての事件だから充分働いて見る可しだ、斯う云う六《むず》ヶしい事件を引受けねば昇等《しょうとう》は出来ないぜ(大鞆)夫《そ》りゃ分《わか》ッて居る盤根錯節《ばんこんさくせつ》を切《きら》んければ以て利器を知る無しだから六《むず》かしいは些《ちっ》とも厭《いと》ヤせんサ、けどが何か手掛りが無い事にや―先《ま》ア君の見た所で何《ど》の様な事を手掛と仕給うか(谷)何《ど》の様な事と、何から何まで皆手掛りでは無いか第一顔の面長いのも一ツの手掛り左の頬に痣《あざ》の有るのも亦《また》手掛り背中《せなか》の傷も矢張り手掛り先ず傷が有るからには鋭い刃物《はもの》で切《きっ》たには違い無い左《さ》すれば差当り刃物を所持して居る者に目を附けると先《ま》ア云う様な具合で其目の附所《つけどころ》は当人の才不才と云う者君は日頃から仏国《ふらんす》の探偵が何うだの英国《いぎりす》の理学は斯《こう》だの
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