ぞ》きたり、是より夜の明るまで余は眠るにも眠られず、様々の想像を浮べ来りて是か彼《あ》れかと考え廻すに目科は追剥《おいはぎ》か盗坊《どろぼう》か但《たゞ》しは又強盗か、何しろ極々《ごく/\》の悪人には相違なし。
爾《さ》れど彼れ翌日は静かに余が室に入来《いりきた》り再び礼を繰返したる末、意外にも余に晩餐の饗応せんと言出《いいいで》たり、晩餐の饗応などとは彼れが柄に無き事と思い余は少し不気味ながらも唯《たゞ》彼れが本性を見現《みあらわ》さんと思う一心にて其招きに応じ、気永く構えて耳と目の及ぶだけ気を附けたれど露《つゆ》ほども余の疑いを晴す如き事柄は聞出しもせねば見出しもせずに晩餐を終りたり。
爾《そう》は云え是よりして余と目科の間柄は一入《ひとしお》近くなり、目科も何やら余に交《まじわ》りを求めんとする如く幾度と無く余を招きて細君と共々に間食《かんじき》を為《な》し殊《こと》に又夜に入《い》りては欠《かゝ》さず余を「レローイ」珈琲館まで追来《おいきた》り共に勝負事を試みたり、斯《か》くて七月の一夕《あるゆうべ》、五時より六時の間なりしが例の如く珈琲館にて戯《たわむ》れ居《い》たるに、衣類も穢《むさ》くるしく怪《あや》しげなる男|一人《いちにん》、遽《あわたゞ》しく入来《いりきた》り何やらん目科の耳に細語《さゝや》くと見る間に目科は顔色を変て身構し「好《よ》し/\直《すぐ》に行く、早く帰ッて皆に爾《そう》云《い》え」と、命ずる間も急《いそが》わしげなり、男は此返事を得《う》るや又|一散《いっさん》に走去りしが、後に目科は余に向い「誠に残念ですが、勤めには代られぬ譬《たとえ》です、此勝負は明日に譲り今日は是で失敬します」とて早や立去らん様子なり、勝負の中止も快からねど夫《それ》よりも不審に得堪《えた》えず、彼れが秘密を見現すは今なり、と余は思切ッて同行せざるの遺憾を述《のぶ》るに「爾《そう》さ、なに構うものか、来るなら一緒にお出《いで》なさい、随分面白いかも知れませぬから」斯《か》く聞きて余は嬉しさに心《こゝろ》迫《せ》き、返す言葉の暇さえ惜しく、其儘《そのまゝ》帽子を戴《いたゞ》きて彼れに従い珈琲館を走出《はしりいで》たり。
第二回(血の文字)
目科に従いて走りながらも余は唯《た》だ彼れが本性を知る時の来りしを喜ぶのみ、此些細なる一事が余
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