に考えない。
 奴隷のこの絶対的服従は、彼等をしていわゆる奴隷根性の卑劣に陥らしむるとともに、また一般の道徳の上にもはなはだしき頽敗を帰さしめた。一体人が道徳的に完成せられるのは、これを消極的に言えば、他人を害するようなそして自分を堕落さすような行為を、ほとんど本能的に避ける徳性を得ることにある。しかるに何等の非難または刑罪の恐れもなく、かつ何等の保護も抵抗もないものの上に、容赦《ようしゃ》なくその出来心のいっさいを満足さすというがごときは、これとまったく反対の効果を生ずるのは言うまでもない。飽くことを知らない暴慢と残虐とが蔓《はび》こる。
 かくして社会の中間にあるものは、弱者を虐遇することに馴れると同時に、また強者に対しては自ら奴隷の役目を演ずることに馴れた。小主人は自らの奴隷の前に傲慢なるとともに、大主人の前には自らまったく奴隷の態度を学んだ。
 強者に対する盲目の絶対の服従、これが奴隷制度の生んだ一大道徳律である。そして主人および酋長に対するこの奴隷根性が、その後の道徳進化の上に、いかなる影響を及ぼしたかは次に見たい。

    三

 先きにも言ったごとく、奴隷は駄獣である、
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