ニ思って耳をかたむけている間に、車は走り出した。
 その日は大奮発をして三十フランばかりの夕飯を食って、また大通りをぶらぶらしていると、何とか嬢の何とかの歌、何とか君の何とかの話というような題をならべた、寄席のようなものがあった。はいった。歌も話も、割りによく分るのでうれしかったが、それがあんまりつまらないくすぐり[#「くすぐり」に傍点]ばかりなので、いやになってすぐ出た。
 そして、また大通りのショー・ウィンドウのあかあかとてらしたところや、キャフェのテラスの前を、ぶらぶらとあるいた。テラスというのは、キャフェの前の人道に椅子、テーブルを持ち出して並べてあるところだ。そこでは、大勢の男や女ががやがや面白そうに話ししながら、何か飲んでいる。そしてところどころに一人ぽっちの若い女がいて、それがほかの一人ぽっちの男にいろいろと目くばせしたり、前を通る男に笑いかけたりしている。
 道を通る女という女は、ほとんどみなその行きちがう男に何か目で話しかけて行く。そして、おや見合ったなと思っているうちに、もう二人で手を組んだり、あるいは肩や腰に手をかけたりして、ペチャクチャ何か話ししながらあるいて行
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