ヘいえ、日本を去るのは今は実に惜しい。また、ほとんど寝食を忘れるくらいに忙がしい同志を置き去りにして出るのも実に忍びない。しかし日本のことは日本のことで、僕がいようといまいと、勿論みんなが全力を尽してやって行くのだ。そして僕は僕で、外国の同志との、しかもこんどこそは本当の同志の無政府主義者との、交渉の機会が与えられたのだ。行こう。僕は即座にそう決心するほかはなかった。
上海では、前は、三、四軒のホテルに十日ほどずつ泊った。同じホテルに長くいてはあぶないというので、そのたびに新しい変名を造っては、ほかのホテルへ移って行ったのだ。この時々変る自分の名を覚えるのは容易なことでなかった。まずその漢字とその支那音との、僕等にはほとんど連絡のない、というよりもむしろまったく違った二つのことを覚えなければならないのだ。が、それはまず無事に済んだ。けれども、支那語をちっとも知らない支那人というのも、ずいぶん変なものだ。が、それもまず、ボーイとは英語で、しかもほんの用事だけのことを話せばいいのだから、何とか胡麻化して済ました。
しかし一度その変名で、失敗のようなまた過失の功名のようなことをした。そ
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