セあなたからの電報は受取ってなかったんですよ。」
 Mは、さっきの裁判官ほどではないが、かなりうまい日本語で、弁解しはじめた。で、怪しい日本人がはいって来たというので、この朝鮮人町では大騒ぎになったのだそうだ。そして、まず僕を十番の家へ入れたあとで、御者に聞いて見ると、日本の領事館の前から来たというので、(また実際税関の前はすぐ領事館なのだが)ますます僕は怪しい人間になって、一応調べて見た上でもしいよいよ怪しいときまれば殺されるかどうかするところだったそうだ。それにまた、どうしたものか、Mの名の書き方を僕は間違えていた。二字名の偽名を二つ教わっていたのを、甲の方の一字と乙の方の一字とを組合せたので、それがMの本当の、しかもあまり人の知らない号になった。犯罪学の方ではよく出て来る話だが、偽名には大ていこうしたごく近い本当の何かの名の連想作用があるものなのだ。で、Mはその日本人が僕の名をかたって、自分を捕縛しに来た日本の警察官だとまずきめた。そしてここへ一人で警官がはいって来る筈はないから、きっともっと大勢どこかに隠れているのだろうと思って、あちこちとあたりを探して見た。が、それらしいもの
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