、一軒の、そこに(三字削除)がある筈なのだ、十五番の方へ行ったが、そこでもそんな人間はいないと言う。また十番へ行った。返事はやはり同じことだ。そこでまた十五番へ行った。が、返事はやはり同じことだ。そして、こうして尋ね廻るたびごとに、出て来る男の語気はますます荒くなり、態度もますます荒くなるのだ。しかし、御者と何事か支那語で言い争っているようなそれらの男が朝鮮人であることだけはたしかだ。僕は、こんどは何と言われても、そこに坐りこむつもりで、また十番へ行った。
 十番では、初めて戸を開けてくれて、中へ入れた。僕は僕の名とMの名とを書いて、四、五人で僕を取りかこんでいる朝鮮人にそれを渡した。すると、その一人が二階へ上って行って、しばらくしてもう一人の朝鮮人と一緒に降りて来た。見ると、それは船の中で、日本人だと言いまたそれで通って来た、そして僕がかなり注意して来た男だ。
「やあ君か。君なら僕は船の中で知っている。」
 僕は初めて日本語で、馴れ馴れしく彼に言葉をかけた。こうした調子で、彼はいつもデッキで、ほかの日本人と話ししていたのだ。もっとも僕は彼と話をすることはことさらに避けてはいたが。しか
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