トいるということは、いろんな異論とともに非常な危険をも伴わなければならなかった。
 そこでMはさらに個人としての加盟を堺と山川とに申込んだ。が、二人とも、大して理由にならない理由で、それを拒絶した。そしてさらにまた、誰かほかに出席することのできそうな人の推選を頼んだが、そしてその中には僕の名もあったそうだが、二人はそれもとうていあるまいと言って拒絶した。Mは仕方なしに、それでは、せめてその会議に賛成するという何か書いたものを土産にして持って帰りたいと頼んだが、それも体よく拒絶された。
 そしてMはほとんど絶望の末に僕のところへ来たのだ。僕は堺や山川がMをどこまで信用していいのか悪いのか分らないという腹を持っていたことはよく分った。僕にもその腹はあったのだ。よしMが誰からどんな信任状や紹介状を持って来たところで、外国の同志との連絡のなかった僕等には、その信任状や紹介状そのものがすでに信用されないのだ。しかし一、二時間と話ししているうちに、Mが本物かどうかぐらいのことは分る。そして本物とさえ分れば、その持って来た話に、多少は乗ってもいい訳だ。しかも堺や山川は、当時すでに、ほとんど、あるいは
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