言葉も聞いた。また、それらの学生の、安南をフランスから取返さなければ、という気焔も聞いた。そしてある時なぞは、フランスの下士官どもが、船の中へはいりこんで来た支那人の泥棒(?)を血だらけになるほどなぐったり蹴ったりしたのを見て、みんなキャビンにはいりこんだまま飯も食わずに憤慨しているのも見た。しかしまた同時に、彼等が同じ支那人の苦力の車夫を、ちょっとした賃金の問題から大勢でいきなりなぐったり蹴ったりするのも見た。そして彼等に対する同情がまったく失せてしまった。
 救いはこんな愛国者からは来ない。

    八

 コロンボ近くなった頃だと思う。無線電信で、ルール地方占領とフランスの共産党首領カシエン等の捕縛とが伝えられた。
 戦前のドイツ対フランスと、戦後のドイツ対フランスとは、少なくともその軍備においてまったく正反対になっている筈だ。ドイツの軍隊はほとんどまったく破壊されてしまった。そしてフランスは、その生産力の恢復よりも、軍備の充実により多くの力を注いだ。とてももう相撲にはならない。したがってドイツが急にこの挑戦に応じようとは考えられなかったが、軍国主義と反動主義とのお塊りのように
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