ュ。
女はみな、あの白い顔にまた綺麗に白粉をぬって、その上にところどころ赤い色をぬって、唇には紅をさし、目のふちは黒く色どっている。そしてその顔をまた、いろんな色の帽子と着物とでかざっている。
その女のうしろ姿がまたいい。すらりとした長いからだの、ことに今は長い着物がはやっているのでなおさらすらりとして見えるのだそうだ、肩や腰をちょこまかとゆすぶりながら、小足で高い靴の踵を鳴らして行く。
僕はそういうのにうっとりとしていると、一人の女にぶつかった。ぶつかったんじゃない。あっちから僕の前にのこのこ出て来たんだ。そして、
「どう、今晩私と一しょにあそばないか。」
と首をかしげて、細いしかしはっきりした可愛い声で言う。
悪い気持じゃない。しかし少々面くらった僕は、あわてて、ちょうどその前を通っていたやはり寄席のようなうちの中へ飛びこんだ。
ドアをあけて、はいるにははいったが、切符を売るようなところがないので、ちょっとまごついていた。すると、ボーイらしい男がやって来て、
「いい席にいたしましょうか。」
と言う。
「ああ、一番いい席にしておくれ。」
僕はどうせ高の知れたものと見くびって大見得をきった。ボーイはすぐ僕の前に立って案内した。
もう一つドアをあけると、そこは広いおどり場だった。盛んなオーケストラにつれて、十人あまりの女が今踊っている最中だ。僕はその一番前のテーブルに坐らされた。僕はボーイに二フランの銅貨を一つにぎらした、ボーイはしきりにお礼を言いながら、何か低い声でささやいた。僕はちょっと聞きとれないので聞き直した。
「もしお望みの娘がいましたら、ちょっと私に相図して下さい。すぐ呼んで来ますから。」
ボーイはそう言って、何か小さな紙片を置いて行った。そして、それと入れかわりに、またほかのボーイが来て、大きな紙片を一枚テーブルの上に置いた。見ると、シャンパンのメニュだ。五十フランとか六十フランとかいう値段が書いてある。これや大変だ、と思いながら、前の小さな方の紙片を取って見ると、それには入場無料、飲物是非、とかいてある。
「ちょっと待っておくれ。」
僕は踊りの方に夢中になっているような顔をして、一とまずそのボーイをしりぞけた。そして、短かい裾を盛んにまくりあげては足を高くあげて見せる、その何とか踊りがすんで、そしてこんどは見物の男や女がおどり場一ぱいになって踊りだしたのを機会に、シャンパンの註文をききにくるボーイの来ないうちにと思って、とっとと逃げ出してしまった。
四
今パリではミディネットが同盟罷工をしている。
このミディネットというのは、字引をひいてもちょっと出て来ない字だが、ミディすなわち正午にあちこちの商店や工場からぞろぞろと飯を食いに出てくる女という意味で、いろんな女店員や女工員を総称するパリ語だ。そしてこのミディネットがやはり、正午のやすみ時間に、本職の労働以外の労働をするという話を聞いた。実は、僕がミディネットという言葉を覚えたのも、その話からなのだ。
が、今罷工をやっているミディネットは、その中のお針女工だ。八千人ものこのお針女工がもう四週間も罷工をつづけて、大勢大通りをねってあるいて示威運動をしたり、罷工に加わらない工場へさそい出しにいったりして、あちこちで警官隊と衝突している。
僕はそのミディネットの一人に会った。そしてその生活状態も聞いて見た。
彼女はまだ若いし、腕も大してよくはないので、一週間に六十フランしかもらっていなかった。が、この一週間五、六十フランから一カ月三、四百フランというのが、まずパリでの一般のミディネットの普通の収入なのだ。パリの貧乏人の女は、娘でも細君でも、大がいみなこうして働いている。
そして彼女の毎日の支出は、その鉛筆で書いて見せた表によると、ざっとこうだ。
[#ここから3字下げ、横組み図表]
フラン
朝食(キャフェとパン)……0.60
電車(往復)…………………0.35
昼飯……………………………4.50
夕飯……………………………3.50
洗濯……………………………0.80
室代……………………………2.00
雑費(病気や娯楽)…………2.00
被服……………………………2.00
―――――――――――――――
合計………一日………… 15.75
同…………一週…………110.25[#「110.25」は底本では「110.00」]
同…………一月…………441.00
同…………一年………5,292.00
収入………一年………3,120.00
―――――――――――――――
不足………一年………2,172.00[#「2,172.00」は底本では「2,172.20」]
[#ここで字下げ終わり]
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