も、追放になったとは言うものの、僕がその近所にいた四、五日はまだ呑気にぶらぶらしていた。また、弁護士も、判決のあったあとで、「それじゃまた……」とか何とか呑気なことを言って、出て行ってしまった。
これが普通なのだとなれば、何も「即刻」なぞという言葉を真に受けて、あわてて出て行くこともない。いったんは、もう帰されたっていい、とも思い、またそう思ったので演説なんぞをやっても見たのだが、こうなるとまた未練が出て来る。
「うちからか、パリからか、どっちかから金の来次第、一つ逃げだしてやろうか。そしてこんどは、まったくの不合法《イルレガル》で、勝手に飛び廻ってやろうか。パリへも帰ろう。ドイツへも行こう。イタリアへも行こう。その他、行けるだけ行って見よう。」
僕はこう考えて、一晩ゆっくりとその計画に耽った。と言っても、別に面倒なことはない。かつてもそれを考えて、その方法をいろいろときめたことまでもあるのだ。要するに、少々の金さえあれば、らくに行けることなのだ。
僕はほとんどそうきめて、それからは毎日、半日か一日がかりのちょっとした遠出を試みて、警戒のあるなしをさらにたしかめようとした。
警戒はたしかにない。そして僕はマルセイユのある同志を訪ねて、そっとその相談をした。方法はたしかにある。
これなら、金のつき次第だと思っているところへ、僕がまだ捕まらない前にうちから寄越した手紙が、ある方法で僕の手にはいった。それで見ると、どうしても急に帰らなければならないような、いろんな事情だ。で、仕方がない、おとなしく帰ろう、と残念ながらまたきめ直した。
いよいよ船の出る前々日、次のような借用証一枚に代えて、横浜までの二等切符を一枚、領事から受取った。
[#ここから5字下げ、14字詰め、罫囲み]
借用証
一金五千何法也
右正に借用候也
月 日 大杉 栄
菅領事殿
[#ここで字下げ終わり]
そしてその翌日、うちから、三等の切符代とすれすれぐらいの金が来た。で、それで大急ぎで女房や子供等への土産物を買って、船に乗りこんだ。
いよいよ船に乗りこむ時には、ちょっと警察へ挨拶に行く方がよかろう、という領事の話だったので、まず差支えのない荷物だけを持って夕方警察へ出かけた。船はあしたの朝出るのだから、それまでにあとの荷物は友人に持って来て貰うことにした。そしてとにかく警察へ行って、それから船へちょっと行って室だの寝台だのの番号をたしかめて、さらにまた引帰してもう一晩友人等とお別れの遊びをしよう、というつもりだったのだ。
警察では、パリの警視庁から来た長文の電報を前に置いて、いろいろと取調べのあった末に、私服を一人つけて、船へ一緒にやらした。
僕は船の中でのいろんなことがきまると、友人等と一緒に飯を食う約束のうちへ行こうと思って、船から降りようとした。すると、さっき僕について来た私服が、ほかに三人ばかりの私服と一緒に昇降口の梯子のところに突っ立っていて、通さない。
「もう船に乗った以上は、降りることはできない。国境から出てしまったんだ。降りれば、再びまた国境にはいったものとして、六カ月の禁錮に処する。」
そんな馬鹿なことがあるもんか、それならそうと何故さっきそう言わないんだ、といろいろに抗弁して見たが、要するに何とも仕方がない。
僕は船のボーイに電話をかけさせて、友人等にそのことを知らせて、そして自分の室の中に寝ころんだ。
船は六月三日の朝早く碇をあげた。
[#地付き]――一九二三年八月十日、東京にて――
[#改ページ]
外遊雑話
一
いつも旅をする時には、行きは大名帰りは乞食、というのがおきまりなのだが、こんどは例外でそのあべこべに行った。帰りはマルセイユの領事館で二等の切符を買ってもらった。それもうまく行けばほんとうのお大名の一等のをもらえる筈だったが、パリの大使館で誰かがもっとも千万の三等説を持ち出したので、その間をとって二等ときまったのだそうだ。が、行きは、ちゃんと身分相応ふところ相応の三等で行った。
もっともフランスの船の三等というのは、ちょうど郵船の特別三等みたいなもので、二人部屋と四人部屋とあるのだが、僕はその二人部屋にはいった。相客は支那の若い学生だった。
支那の学生は、そのほかに、女二人と男が八人ばかりいた。そしてそれらの人達と僕とが食堂では同じ一つのテーブルについた。みんな少々英語を話す。日本語も一人二人はちょっと話せた。が、どうしたものか、僕はそれらの人達とはあまり仲よしになれなかった。そして僕は、同じ三等のそれらの支那人や、その他の人々とは離れて、大がい四等のデッキ・パセンジアの仲間にはいっていた。
この四等には、最初、上海から乗った支那の労働者二、三十名と、フランスの水
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