構えているので、不思議に思って尋ねた。
「ええ、追放になって、出て行くような奴はまあありませんね。今から上へ呼ばれて行って追放命令を貰って、それでもういいからって放免されるんでしょう。あとは、どこへ行こうと、どこにいようと、勝手でさあね。」
その男は、彼等を不審がっている僕をかえって不審がるようにして、答えた。そして彼等の中の二人までも、これで二度目の追放なのだと附加えて言った。
僕はまた、追放と言えば、いつかロシア人のコズロフの時に見たように、一週間とか幾日とかの日限を切って、その間多少の尾行をつけて厳重に警戒するのだろうと思っていた。ところが、何のこった。ただ一枚の書きつけを貰って、さあ勝手に出て行け、と突っぱなされるのなら、実際幾度食ったって何のこともないと思って安心していた。
やがてその男等は呼ばれて、上へ行った。そして順々に、今からどことかの監獄に送られるのだといういろんな奴が呼ばれて行ったが、僕は最後まで残された。
ついに僕の番が来た。が、僕は上へは連れて行かれずに、最初来た時に持物を調べられてそれを預けて来た、入口の小さな室に入れられた。そしてそこには、さっきの外国人どもが、もうその所持品を貰って出かけようとしているところだった。
「上の方は済みましたか。」
色男のイタリア人が尋ねた。
「いや、まだです。」
「それじゃ、君は追放じゃないんです。すぐ自由になるんですよ。」
色男等はそう言って出て行った。僕は、それを信ずることもできなかったが、しかし僕だけこうして残されるのはどうした訳だろうかと、こんどは少々不安になった。
そしてはたして僕はそのまま放免はされずに、所持品を受取るとすぐ、また一人の巡査に連れられて警視庁へ行った。そしてしばらく、また初めの時と同じような身体検査や何かでひまどって、昼頃になってようやく官房主事のところへ行って、そこで内務大臣からの即刻追放の命令を受けた。
本当の即刻なのだ。今からすぐ、尾行を一人連れて、出て行けと言うんだ。
「とにかくすぐフランスの国境から出ればいいのだが、都合で東の方の国境へは出ることを許さない。すると西の方だが、それだとスペインへ行くほかない。それでどうだ?」
どうだもへちまもあるものじゃない。行くほかはない方へ行くより仕方はないのだ。が、スペインなら結構だ。ぜひ一度は行きたいと思っていた国だ。
「結構です。しかし、スペインへ行くにしても、勿論日本の官憲の旅行免状が要るんでしょう。それはどうするんです。」
「それはこっちで大使館とかけ合って貰ってやる。それじゃ向うで待っているがいい。」
ということになって、僕は前にもお馴染の外事課の広い室に連れて行かれた。
百人近くの私服どもがそれぞれ机に向って、みな同じような紙きれを袋から出したり入れたりして調べている。その袋の表には何の誰という人の名前が書いてある。きっとそれがみんな日本で言えば要視察人とか要注意人とかいう危険人物なのだ。一つの袋の中には幾枚もの紙きれが、どうかすると十枚も二十枚もの紙きれが、はいっているようだ。
みんなは、その室の真ん中に腰かけさせられている僕を時々じろりじろりと見つめながら、その紙きれを調べている。やはり、日本のそうした奴等と同じように、ろくな目つきの奴は一人もいない。みなラ・サンテの監獄で見た泥棒や詐偽と同じような、あるいはそれ以上の面構えをしている。
が、もう正午だ。みなぞろぞろと昼飯を食いに出かけ始める。僕はすぐそばにいた男に、俺の昼飯はどうしてくれるんだ、と尋ねた。その男は主任らしい男のそばへ立って行った。そして帰って来て、何でも欲しいものを言え、とって来てやると答えた。それじゃ、と言って、僕は例の贅沢をならべ立てて、それから極上の白葡萄酒を一本と註文した。
四、五人は代る代るに残っていたが、二時頃にはみんなまた帰って仕事を始めた。
大使館へ行った使いの私服はまだ帰って来ない。僕は幾度も官房主事のところへ使いをやったが一向要領を得ない。
待ちくたびれもし、たいくつでもあり、始終ぎょろぎょろといろんな奴等に見つめられているのも癪にさわるので、僕はろくに飲めもしない葡萄酒を絶えずちびりちびりとラッパでやっていた。
四時頃になって、ようやく官房主事からの迎いが来た。そしてその室へ行って少し話しているところへ、背の高い大男の、長い少しぼんやりした顔の日本人が一人、先きに大使館へ使いに行った男と一緒にはいって来た。かつて名だけは聞いていた大使館一等書記官の杉村何とか太郎君だ。
杉村君はちょっと官房主事と挨拶したあとで、僕と話ししたいのだが許して貰えようかと尋ねた。主事は僕等のために別室の戸をあけた。
「今ここからの使いで初めて追放ということを知って駈けつけて
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