{注文した。
Ca va ! Ca va ! というのは、よかろうよかろうくらいの意味だ。
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きのうは大ぶ渋かったが
きょうは少しあまし
飲みそめの
Vin《ヴェン》 blanc《ブラン》
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Vin blanc(白葡萄)でも渋いことはやはり渋い。が、ほんのちびりちびり、薬でも飲むように飲む。そして、ほんのりと顔を赤らめながら、ひまにあかして一日ちびりちびりとやって、いい気持になってはベッドの上に長くなっていた。
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三日目に一本あけた
大手柄!
飲みそめの
Vin《ヴェン》 blanc《ブラン》
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一本といっても、普通の一本じゃない。アン・ドミとかアン・カアルとかいう半分か四分の一の奴なのだ。
そして入獄二十四日目の放免の日には、警視庁の外事課で追放の手続きを待っている半日の間に、このアン・ドミを百人近くの刑事どもの真ん中に首をさらされながら、一本きれいにあけてしまった。
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そのたびになつかしからん
晩酌の
味を覚えし
パリの牢屋
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僕は日本に帰ったら、毎日、晩酌にこの白葡萄酒を一ぱいずつやって見ようときめた。
三
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Vin blanc ちびりちびり
歌よみたわむる
春の日
春の心
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春の心、と言っても、春情じゃない。牢やの中では、いつも僕は聖者のようなのだ。時々思いだしたドリイだって、実は一緒に寝たには寝たが、要するにただそれっきりのことだったのだ。
――〔Faire la'mour, ce n'est pas tout. Ju es trop jolie pour cela. Je t'adore.〕
というような甘いことを、実際甘すぎてちょっと日本語では書きにくいのだ、子守歌でも歌って聞かせるような調子でお喋舌りしながら寝かしつけていたのだ。
そしてまた、それだからこそ、時々彼女を思いだしたのだろうと思う。リヨンではたった一人のそして停車場まで夜遅く送って来た女のことも、メーデーの前の晩会った女のことも、またいつも赤い帽子をかぶっていたところから僕が「赤帽《シャポオ・ルウジュ》」とあだ名していた女のことも、その他本当に一緒に寝た女のことは一度
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