゚られて、三日目に未決監のプリゾン・ド・ラ・サンテに送られた。
 のん気な牢屋だ。一日ベッドの上に横になって、煙草の輪を吹いていてもいい。酒も葡萄酒とビールとなら、机の上に瓶をならべて、一日ちびりちびりやっていてもいい。
 酒のことはまたあとで書く。その前にドリイの歌を一つ入れたい。

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独房の
実はベッドのソファの上に
葉巻のけむり
バル・タバレンの踊り子ドリイ
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 窓のそとは春だ。すぐそばの高い煉瓦塀を越えて、街路樹のマロニエの若葉がにおっている。なすことなしに、ベッドの上に横になって、そのすき通るような新緑をながめている。そして葉巻の灰を落しながら、ふと薄紫のけむりに籠っている室の中に目を移すと、そこにドリイの踊り姿が現れて来る。彼女はよく薄紫の踊り着を着ていた。そしてそれが一番よく彼女に似合った。

    二

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パリの牢のスウヴニルに
酒の味でも
飲み覚えよか
Ca《サァ》 va《ヴァ》 ! Ca《サァ》 va《ヴァ》 !
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 僕はもう五、六年前から、ほんの少しでもいいから酒を飲むようにと、始終医者からすすめられていた。
 が、飲めないものはどうしても飲めない。日本酒なら、小さな盃の五分の一も甜[#「甜」はママ]めると、爪の先まで真っ赤になって、胸は早鐘のように動悸うつ。奈良漬けを五切れ六切れ食べてもやはりおなじようになる。サイダーですらも、コップに二杯も飲むと、ちょっとポオとする。
 ただウィスキーが一番うまいようなので、毎日茶匙に一杯ずつ紅茶の中に入れて飲んでいたが、それだけでもやはりちょっと苦しいくらいの気持になる。
 フランスに来てからは、いや上海からフランス船に乗って出てからは、食事のたびに葡萄酒が一本食卓に出るのだが、最初ちょっとなめて見てあんまり渋かったので、その後は見向いてもみなかった。
 けれども、牢にはいってみて、差入れ許可の品目の中に葡萄酒とビールの名がはいっているのを見出して、怠屈まぎれにそのどっちかを飲み覚えようと思った。ビールはにがくていけない。葡萄酒も、赤いんだと渋いが、白いんなら飲んで飲めないこともあるまい。女子供だって、お茶でも飲むように、がぶりがぶりやっているんだから。と、きめて、ある日、差し入れの弁当のほかに、白葡萄酒を一
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