オもうこの家にいるとなれば、僕の予想も当ったのだし、何の遠慮することもなくなったのだ。
 しかし彼は、船の中での日本人に対する馴れ馴れしさを見せるどころでなく、反対に僕の方からのこの馴れ馴れしさをまずその態度で斥けてしまった。そして僕が腰かけている前に突っ立ったまま、僕の言葉なぞに頓着なく、まるで裁判官のような調子で僕を訊問しはじめた。
「君はどうしてMを知っているんです。」
 僕は、はあ始まったな、と思いながら、机の上に頬杖をついて煙草をふかしながら、ありのままに答えた。こうしている間に、きっとまだ電報を受取っていないMが、どこかからそっと僕をのぞいてでもいるんじゃないかと思いながら。
 しかし訊問はなかなか長かった。そして裁判官の調子もちっとも和らいでは来なかった。
 そこへ、ふいと表の戸が開いて、Mがはいって来た。そしてあわてて僕の手を握って、ポカンとしているみんなに何か言い置いて、僕を二階へ連れて行った。

    四

「いや、どうも失礼。実は、日本人でここへはいって来たのはあなたが初めてなんですよ。それに、あなたが来るということは僕とLとのほかには誰も知らないんだし、僕もまだあなたからの電報は受取ってなかったんですよ。」
 Mは、さっきの裁判官ほどではないが、かなりうまい日本語で、弁解しはじめた。で、怪しい日本人がはいって来たというので、この朝鮮人町では大騒ぎになったのだそうだ。そして、まず僕を十番の家へ入れたあとで、御者に聞いて見ると、日本の領事館の前から来たというので、(また実際税関の前はすぐ領事館なのだが)ますます僕は怪しい人間になって、一応調べて見た上でもしいよいよ怪しいときまれば殺されるかどうかするところだったそうだ。それにまた、どうしたものか、Mの名の書き方を僕は間違えていた。二字名の偽名を二つ教わっていたのを、甲の方の一字と乙の方の一字とを組合せたので、それがMの本当の、しかもあまり人の知らない号になった。犯罪学の方ではよく出て来る話だが、偽名には大ていこうしたごく近い本当の何かの名の連想作用があるものなのだ。で、Mはその日本人が僕の名をかたって、自分を捕縛しに来た日本の警察官だとまずきめた。そしてここへ一人で警官がはいって来る筈はないから、きっともっと大勢どこかに隠れているのだろうと思って、あちこちとあたりを探して見た。が、それらしいもの
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