うよりはむしろ畜生どもばかりだった。
その中で一人、それでも一番人の好さそうな男だったが、いつもふらふらした足つきで僕等のそばへやって来て、ろれつの廻らない舌つきで何か話しかける男があった。
「俺あこういうもんなんだ。」
と言いながら、その差しだす軍隊手帳を見ると、読み書きはできる、ラッパ手、上等兵とあって、その履歴には、ほとんど植民地ばかりに、あすこに二年ここに三年というように、十八年間勤めあげたことが麗々しく書きならべてある。懲罰の項には何にも書いてない。が、褒賞の方には何かいろいろとあった。そして今は病気のために除隊するのだとある。
「それでもこれっぽちの金しか貰わないんでさあ。」
彼はそう言いながら、破れた財布の中から十フランの札を四、五枚パラパラとふって見せて、
「アハハハ。」
と笑った。それが不平なのだか、嬉しいのだかすらも、ちょっとは分らないほどに。
が、この飲んだくれの兵隊どもはまだいいとしても、がまんのできないのは三等に乗りこんだ下士官どもだった。そいつらは、まったく熊か猪かの、猛獣のような奴ばかりだった。そしてそいつらの女房どもまでが、ろくでもない面をして。
「あれはこいつらがやったんだな。」
僕はそいつらの顔を見るとすぐ、その日陸で読んだある新聞の記事を思いだした。
安南の土人がやっているフランス文の日刊新聞の中に、大きな見だしで、ある殺人事件を論じてあった。事件はごく簡単なもので、土人の一商人が川の中に溺れ死んでいた、というだけのことだ。が、それがただそれだけで済まないのは、そうしたことがずいぶん頻々とあって、しかもその原因がいつもちっとも分らない、いや分ってはいるがそれをはっきりと公言することができない、そこに妙な事情がからんでいるからだ。
「ええ、あいつらは何をするか知れたもんじゃない。恩給と植民地の無頼漢生活とをあてに、十年十五年と期限を切って、わざわざこんな植民地へやって来る。本当の職業的軍人なんだからね。」
フランスの水兵のジャン君もすぐと僕の直覚に同意した。そして僕は、デッキででも食堂ででもいつも傍若無人にふるまっているそいつらとは、とうとう終いまで、ただの一度も「お早う」の挨拶を交わしたことがなかった。
その後僕はフランスに着いてから、あちこちの壁に、この植民地行きを募集する陸軍省の大きな広告のびらを見た。三年
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