の上になお、毎日酒保から食事をとりたいもののために、一週間の朝晩の献立表が出ている。ちょっとうまそうな御馳走が一品ずつならべられて、それでもまだ足りないもののために、夕飯にはもう一品ずつの補いをつけ足している。
もっとも、これはすべて未決の人間にだが、しかし既決の囚人にでもほんの少々の制限があるだけのことだ。たとえば、一週間に三回しか肉類の御馳走は与えないとか、葡萄酒やビールには一日六十センチリットルを超えてはいけないとかいうくらいのものだ。
僕はさっそく入口の戸を叩いて、廊下の看守を呼んだ。そしていろんな日用品を注文した上に、食事も毎日とってくれるようにと頼んだ。
「それはうちのレストランからかい、それともそとのレストランかい。」
兵隊あがりらしい、面つきやからだは逞ましいが、そしていつも葡萄酒の酒臭い息を吐いているが、案外人の好さそうな看守が、よほど注意して聞いていないと分らないような変ななまりのフランス語で尋ね返した。
僕はうちのよりもそとの方がいいんだろうと思って、そとのだと答えた。
すると、やがて普通のレストランのボーイのような若い男がやって来て、メニュの小さな紙きれを見せて、昼食の注文をしろと言う。見ると、十品ばかりいろいろならべてある。僕はその中から四品だけ選んで、なお白葡萄酒のごく上等な奴をと贅沢を言った。ボーイはかしこまって引き下った。
僕はすっかりいい気持になってしまった。この分だと、月に四、五十円もあれば、呑気にこうして暮して行けそうなのだ。
が、その白葡萄をちびりちびりやりながら、昼飯の四品を平らげて、デザートのチョコレートも済んで、また寝台の上で、こんどは葉巻きを燻ゆらしていると、初めてでもないが、とにかくうちのことを思いだした。
もう今頃は新聞の電報で僕のつかまったことは分っているに違いない、おとなどもはとうとうやったなぐらいにしか思ってもいまいが、子供は、ことに一番上の女の子の魔子は、みんなから話されないでもその様子で覚って心配しているに違いない。
いつか女房の手紙にも、うちにいる村木(源次郎)が誰かへの差入れの本を包んでいると、そばから「パパには何にも差入物を送らないの」とそっと言ったとあった。彼女をだますようにして幾日もそとへ泊らして置いて、その間に僕が行衛不明になってしまったもんだから、彼女はてっきりまた牢だと
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