煢ツ笑しいが、この手紙は世間の奴らにも見せるのだから、これだけのことは言って置かないと、僕としては本文にとりかかり難い。
ついでに、ではない、これも話の順序として是非書いて置かなければならないことなので、もう一つ君の手紙を拝借する。それは、今の手紙の翌日、僕からの第一の手紙の返事として、君が三度目に書いたものの一節だ。僕は、二十九日に君を両国に送ってから、ある本屋からこんど出す『男女関係の進化』の印税の一部分を受取って、それを持って四谷の保子のところへ行った。もう夜の十二時を過ぎてもいたのですぐ床にはいった。「今、野枝さんを停車場まで送って来たところだ」と言うと、保子は例の通り「あの狐さんは……」とまた君に対するいやみを並べ立てようとした。僕は手を延ばして、保子の口を圧えたまま、眠ってしまった。僕はこんなことを君に書き送ったのであった。すると君からの返事に言う。
「保子さんが私のことを狐ですって、ありがたい名を頂いたのね。はじめてです、そんな名を貰ったのは。私は保子さんには好意を持たないかわりに悪意も持っていませんから、何を言われても何ともありません。
「ただ私は、私のあなたと保子さんのあなたとは違う、ということだけを思っています。そして保子さんに対するあなたは認めて尊敬しますけれども、保子さんがあなたに対する自分をもう少し確かにしてあなたを理解して下されば、私は心から保子さんを尊敬することができるだろうと思います。けれども、それが保子さんにできないからといって、私は保子さんを馬鹿にしたり軽蔑したりするほどあなたを無理解ではいないことを申して置きます。どうぞ保子さんにできるだけよくして上げて下さいという私の言葉を真直ぐに受け入れて下さい。これは何の感情もまじえない私の本当の言葉であることをあなたは認めて下さるでしょう。
「そして私が自身でさえも驚くほどのところまで進み得たということを、私と一緒にきっとよろこんで下さることと信じます。この気持は、しかし、たぶん私のあなた以外の誰にも、本当には理解できない気持ではないでしょうか。本当に私は、あなたに、この強情な盲目な私をこんなところにまで引っぱって来て頂いたことを、何と感謝(いやな言葉ですけれども)していいか分りません。何だか私のこれからの道が、明るく、はっきり開けて来たように思われます。」
三
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