ヘっきり分りました。
「何という馬鹿な間抜けな奴と笑わないで下さい。私が無意識のうちにあなたに対する私の愛を不自然に押さえていたことは、思いがけなく、こんなところにまで影響していたのだと思いましたから、私は急に息もつけないようなあなたの力の圧迫を感じました。けれども、それが私には、どんなに大きな幸福であり喜びであるか分って下さるでしょう。
「あんなに、あなたのお書きになったものは貪るように読んでいたくせに、本当はちっとも解っていなかったのだと思いますと、何だかあなたに合わせる顔もない気がします。けれどもそれは本当のことなのですもの。そしてあなたはそれをとがめはなさらないでしょうね。今日本当に解ったのですもの。
「そして、また私には、あなたの愛を得て、本当に解ったということは、どんなにうれしいことか解りません。これからの道程だって本当にたのしく待たれます。今夜もまたこれから読みます。一つ一つ頭の中にとけてしみ込んで行くのが分るような気がします。もう二、三日ぐらいはこうやっていられそうです。一杯にその中に浸っていられそうです。
「でも、何だか一層会いたくもなって来ます。本当に来て下さいな、後生ですから。嵐はだんだんひどくなって来ます。あんな物すごいさびしい音を聞きながら、こんな広い二階にひとりっきりでいるのは可哀そうでしょう。でも、何にも邪魔をされないで、あなたのお書きになったものを読むのは、たのしみです。本当に、静かに、おとなしくしていますよ。でも、ちょっとの間だってあなたのことを考えないではいられません。こうやっていますと、いろいろな場合のあなたの顔が一つ一つ浮んできます。
「わずか一週間ばかりの間の私自身の気持を考えてみますと、その変りかたのひどいのに自分ながら不思議がっています。こうやっていましても、会いたいと思い出すと堪らなく会いたいのですけれど、何の不安も動揺も感じません。他の二人の方に対しても自分に対しても。こうやって書いていますと、いくらでも書けそうですから、もう止めましょう。止めようと思いますと、嵐の音が気になって来ます。東京もこんなにひどいのでしょうか。ここはまともに当てますから雨戸を開けて置くこともできないのです。一時間でも早くお目に懸かれるようにして下さい。お願致します。」
 野枝さん。
 君に宛てる手紙の中に、こうして君からの手紙を抜書きするの
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