にこちらを見下げているような嘲笑の風の見える微笑を洩らしながら、はいって来るとすぐいつもの天気の挨拶をした。僕はこの男のいやな中にも、この微笑が一番いやだった。それに今、せっかく読みかけていたトルストイの『復活』の邪魔をされたのが、その足音を聞いて急に本をかくして仕事をしているような真似をさせられたのが、なおさらにその微笑に悪感を抱かせた。
「何が暖かいんだ。俺が今こうしてブルブル慄えているのが見えないのか。」
僕は腹の中でこう叫びながら、再びその顔を見上げた。そしていきなり、
「ふん! 綿入れの五、六枚も着てりゃ、いい加減暖かいだろうよ。」
と毒づいてやった。実際彼は、枯木のような痩せたからだを、ぶくぶくと着太っていた。そしてその癖、両手を両わきのところでまげて、まだ寒そうにその両手でしっかりとからだを押えていた。
教務所長の痩せ細った蒼白い顔色が、急に一層の蒼味を帯びて、その狐の眼がさらに一層意地わるく光った。僕は仕事の麻繩をなう振りをしながら、黙って下を向いていた。
教務所長のからだがふいと向きを変えたと思うと、彼は廊下に出て、恐ろしい音をさせて戸を閉めて行った。僕はすぐ
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