出せ。」
不意にこう怒鳴られるように呼ばれて、差入弁当とその差入願書とを突き出されたものの、その突き出して来た太い皺くちゃな土色の指を気味悪く見つめたまま、しばらく僕はぼんやりしていた。
「早くしろ。」
僕は再びその声に驚かされて、あわてて拇印をおして、願書をさし出しながらそうっとその男の顔をのぞいた。そして不意に、本能的に、顔をひっこめた。何という恐ろしい、気味の悪い、いやな顔だろう。
初めての差入弁当だ。麹町の警察と警視庁とに一と晩ずつを明かして、二日半の間、一粒の飯も一滴の湯も咽喉を通さなかった今、初めて人間の食物らしい弁当にありついたのだ。それだのに、どうしても僕は、すぐに箸をとる気になれなかった。今の男の声と指と顔とが眼の前にちらつく。ことに、あの指で、と思うと、ようやく箸を持ち出してからも、はき気をすらも催した。
被告人等はみな、他の押丁とは、よくふざけ合っていた。おつけの盛りかたが少ないとか、実の入れかたが少ないとか、いうような我がままでも言っていた。どうかすると、
「なんだ押丁のくせに」と食ってかかるものすらもあった。また、その押丁が看守になってからでも、みんな
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