える。そしていよいよ、前にいた例の片輪者の建物に連れて行かれて、お馴染のみんなのにこにこした目礼に迎えられて、前にいた隣りの室に落ちついた時には、本当に久しぶりで自分のうちへ帰ったような気持がした。
 監獄を自分の故郷や家と同じに思うのは、はなはだ怪しからぬことでもあり、またはなはだ情けないことでもあるが、どうも実際にそう感じたのだから仕方がない。巣鴨は僕が初めて既決囚として入監させられた、したがってもっとも印象の深い生活を送らせられた監獄だ。それに囚人は、他のいっさいの世界と遮断されて、きわめて狭い自然ときわめて狭い人間との間に、その情的生活を満足させなければならないからだ。かてて加えて、囚人の生活は、とかくに主観に傾きがちのすこぶる暗示を受けやすい、そのいっさいのきわめて深い点において、たしかに獄外での普通の生活の十年や二十年に相当する。

 この故郷のことが、自分の幼少年時代のことが、しきりに思い出される。ことに刑期の長かった千葉ではそうだった。
 僕は出たが、どうせ当分は政治運動や労働運動は許されもすまいから、せめては文学にかこつけて、平民文学とか社会文学とかの名のつく文芸運動
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