十年間いた。その後も十八の時までは毎年暑中休暇に帰省した。したがってもし故郷と言えばそこを指すのが一番適切らしい。
 名古屋から初めて暑中休暇に新発田へ帰る途で、直江津から北越鉄道に乗換えて長岡を越えて三条あたりまで行った頃かと思う。ふと僕は、窓の向うに、東北の方に長く連らなっている岩越境の山脈を眼の前に見て、思わず快哉を叫びたいほどのあるインスピレーションに打たれた。その山脈は僕がかつて十年間見たそのままの姿なのだ。そしてそのあちこちには、僕がかつて遊んだ、幾つかの山々が手にとるように見えるのだ。
 初めて僕は故郷というものの感じを味わった。
「故郷はインスピレーションなり」と言った蘇峰か誰かの言葉が、初めて身にしみて感じられたが、嬉しさのあまり、その時にはまだ、これが故郷の感じだという理知は、その感じの解剖は、本当にはできていなかった。蘇峰か誰かの言葉というのも、どうやら、その後のある時に思い出したもののようだ。
 この故郷の感じは、その「ある時」になって、再び十分に味わった。そしてこれがいわゆる故郷の感じだということは、その「ある時」になって、初めて十分に知った。
 初め半年ばか
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