、その頃は実業に関係していたようだった。山田家では最初この家との縁談があった時、妾の子ではと一時躊躇したのだそうだが、川村大将とか高島中将とかが中にはいって、無理にもらわしてしまったのだのとかと聞いた。その後、今の皇太子や皇子達が川村大将の家にいた頃、良さんの子供等はよくそこへ遊びに行って、熊だの象だののおもちゃをもらって来た。
 良さんは今少将でどこかの旅団長を勤めている。そしてお繁さんの姉さんの方の田中は、中将になって今ワシントンの太平洋会議に陸軍代表の主席として出ている。ついでに言うが、山田の伯父は、とうに中将で予備になって、今は和歌山に隠居している。

 名古屋と大阪とでは、名古屋では父方の親戚を、大阪では母方の親戚を歩き廻った。
 が、そのどちらでも、商家や農家ばかりなので、そしてつましい家ばかりなので、一向面白くなかった。そしてすぐまた東京に帰って、一カ月あまり遊んでいた。

   六

 この旅行は僕に金を使うことを覚えさした。それまで僕は、小遣銭というものは一文ももらったことがなく、いるものは何でも通いで持って来たのであった。しかしもうそれでは済まなくなった。
 中学校
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