思った。そしてひそかに、習字の紙の圧えにする鉄の細長い「けさん」というのを懐ろに入れて、何食わん顔をして学校を出た。はたして西川は僕のあとについて来た。彼の家は僕の家とあべこべの方向にあったのだ。そして彼のあとにはその仲間の七、八名がついていた。
 僕はいつものように、衛戍病院の横から練兵場にはいった。そしてそこへはいるとすぐ右の手を懐ろに入れて用心していた。今まで大ぶ離れていたみんなが、がやがや言いながらだんだん接近して来た。悪口の挑戦がはじまった。なぐっちゃえ、なぐっちゃえ、などという声も、すぐ後ろに聞えた。僕は誰かが駈け寄って来るのを感じた。僕はけさんを握って、止まって、後ろをふり返った。西川が拳をあげて今にもなぐりかかろうとしていたのだ。僕はいきなりけさんを振りあげた。西川はちょっと後ろを向いた。その拍子に彼の頭から血がほとばしり出るように出た。みんなはびっくりして西川を取りまいた。僕は多少の心配はしながら、それでも意気揚々と引きあげて帰った。
 西川の頭にはその後二寸ばかりの大きな禿ができていた。

 それからよほど経ってからのことであるが、ある日、父が連隊から帰るとすぐその
前へ 次へ
全234ページ中59ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
大杉 栄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング